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人が愚かだから


   (約1,000字)


悪人正機説「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」の中で、救われて極楽浄土に行くためには、自分の罪を悔い改める発心(ほっしん)が大事で、それから阿弥陀仏にすがるのだとしています。また、ここで悪人とは、自分でしたいと思う善を行うことができないで、かえって、したくない悪を行ってしまう人のことを指しています。

これは、ある宗教の思想についての説明 


悪を行った人を含めてのお話をします

司法が必要な理由として、この世の中の人間が多民族で存在し、多種多様の考え方を持って集まった社会で生活しているからだといえます

合法、違法も、同じ条件であっても
国によって異なり、
明らかに犯罪だという出来事でも、国籍が違えば日本国内では治外法権で罰せられない事件があったり、年齢で罪の重さが変わったりします

未成年の場合には、
人間の寿命を鑑みて「罪を反省して更生すれば、社会の役に立つ人物として生活させられる」という保護観察という時期を設けたり、

犯罪を起こした時点で、
心神耗弱だと判断された場合には、
「刑期が短くなる」という司法の結論にいたります

精神の病を抱えた人の場合、
その精神状態が健常者とは異なるため、善悪の判断も出来ない状態で生活しているとも考えられます

それを調整するために、向精神薬や睡眠導入剤を用いて、日常生活を送られるようにするのです

「正しい判断」と「優しい判断」は全く異なものです


そもそも人は、正しいことを理解して誕生してくるわけではありません

生まれてきた時には、真っ新な状態の思考で、

その生まれた時点ですら平等の精神を宿しているとは限りません
(生まれ落ちた時点で脳や身体の不具合を抱えている場合もあります) 

ひとは育った環境や、起きた事柄、経験としてのリテラシーなど、生き方、能力に違いが出ます

司法の意義や役割は、
正しく法を適用して具体的な紛争を解決したり、侵害された権利を救済したり、ルール違反に対処したりすることによって,社会秩序を維持し、権利や自由を守ることにあって、人類が平和に暮らすことを目的としています


だから精神の病があれば、それは同情することですが、善悪の判断が出来かねる人だという認識を持っています

自分を守るために正当化して、会わない人だからといって、適当な文章を書くーこの世界にたくさんの信者がいるとしても、SNSで発信していることが違法であれば、それなりの刑罰は課せられることを理解してください







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