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短編:『生成りの雨』
(約1,000字)
その日は空が落ちてきそうなほど分厚い雲が
暗い色をしていて、湿度が高いせいか、髪が思うようにまとまらないことに苛立ちを感じていた。
マニュキアは間に合わせのコーラルピンク。
全く好きな色じゃなかった。
夕暮れの手前、急なデートが決まって帰宅する足でコンビニに寄り、無難そうな色を調達したのだ。
「似合わないじゃん」
自分の爪に文句を吐きながら、偽物の貝殻みたいにテカテカした発色を眺めて、その300円すら後悔した。
靴下は、柔らかいレースのミルクベージュ。
電話の主が、肌着や靴下は明るく汚れが目立つ色を好むからだ。
「汚したい」と声の主はいう。
「いやらしい表現」と嫌味を言う私にカラカラと笑った。
前回、急に呼び出されたときに紺色の下着の上下を身につけていたら、心底、嫌な顔をされた。
香水は薔薇の香り。いつもは化粧品会社のそれだが、会うときは彼が柑橘系の香りをまとってくるため、私は香りをおさえたバニラ系のボディクリームを軽くつける。
肌着を明るい色に変え、まとまりにくい髪をハーフアップしてシルバーと珊瑚のかんざしで留める。
キチンとした感がないと、彼の機嫌を損ねるからだ。秋色のカーディガンとカーキ色のロングスカート。
いつもの待ち合わせ場所へ急ぐ足元は、季節が変わったばかりのブーツがまだ馴染まない。
「ごめん、遅れた。ヒールがあるブーツなんて選ぶもんじゃないね。歩きづらい」
助手席に足を揃えて慎重に座ると、
急に目の前が暗くなった。
右手をきつく掴まれていた。唇が生暖かい感触に覆われていた。
「やだ、こういうの、やだ」
知っている彼は、そういう類の人ではなかった。
「あの、ごめん」
骨ばった手の甲で顎の辺りを押さえて、上歯で下唇を噛んでいるのが分かった。
「いいよ、今日はずっと一緒にいるよ」
心の奥深いところに、説明したくない凍えた悲しみをたたえているのを察知した。
私はそっと、こめかみの辺りに手を近づけていた。
彼は視線をくうに移して、外の暗闇に目を凝らし、両手でハンドルを握ると、いつもの目で出発を知らせた。
不意に音を立てて降り出した夕立が、窓ガラスを激しく打ちつけていた。
「夕方から会うときは、いつも雨だね」
私のつぶやきをかき消す雨は、止む気配を見せなかった。
彼は何も喋らない。
目抜き通りからぬける信号の青は、緑がかって、車の中からの色は雨粒のように重なり、
アベンチュリンの石が集まっているみたいだった。
おわり
フィクションです。
三連休、毎日仕事です。今日も仕事から帰り、ご飯を食べずに書きました。(えらい👏)
誰も褒めてくれない、しかも書きあがる直前、若干 怒られた感すらあるけど、めげません。
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