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【親心と現実】消防士時代の話

消防4年目の夏。
通常の消防士ではなく
『救助隊』に任命され日々訓練に励んでいた。

その年に職場から大型自動車免許を
公費にて取得させてもらった。

免許を取得して大きな消防車を運転するのは
実に面白い。(ガリレオやめれ)

初めて出動で自分が運転していくときは
緊張のあまりギアが上手に入らず、
隊長から「へたっぴだなお前www」
なんて言われながら運転していた。

消防を退職するころには職場で上位に
なるほど車の運転は上手でしたけど。

緊張って怖いものですね…


そんなある日のことだ。
夜の8時半頃に救助出動指令が鳴り響く。

「軽自動車が横転し女性2名が車内に
取り残されて出られないもの。以上。」

運転しながら通報内容を聞いた
まあよくあることだ。
交通事故で車が横転するなんてことは
ざらにある。

もっと言えば救出活動もそんなに難しくない。
よほどのことがない限り数分で活動は終わる。

ただ車の損傷具合や出ていたスピード
要救助者の容態によっては活動は変わるので
そこをしっかり現場に着いたら確認しなければ

なんてことを考えながら出動する消防車の
長い車列の先頭を運転していた。

現場は夜間になると車通りも少なく
街灯もポツポツとしかなく暗い道だった

現場が近くなると
横転している軽自動車が
消防車のヘッドライトに照らされ
遠目ながら見えてきた。

その事故車両に視線を奪われていた


その瞬間

「危ない!!!!止まれ!!!!!」

隊長の怒号が飛んだ。

よくブレーキをすぐに踏めたと思う。

高齢者ならアクセル全開やぞ
まじでビビったなんやねん

なんて思って隊長の目線の先に目を向けた


片側2車線の道路のど真ん中

事故車両から10メートル手前に

間違いなく"なにか"落ちていた。


隊長は停車した瞬間に車を飛び降りた。

その落ちたものを拾いに。

千葉はその時に初めてそれがなにか
認識した。

赤ちゃんだ。
生後半年くらいであろう赤ちゃんが
道路のど真ん中に落ちていた。

意味不明だ。
通報にもそんな情報なかった。
ましてや誰が道に赤ちゃんが
落ちてると思う。

桃太郎でしかそんなイレギュラー
聞いたことがない。

「~かもしれない運転をしましょう」
なんて教官はよく言うが
道に赤ちゃんが落ちてるかもしれない
なんて想像するやつ居るなら会ってみたい
絶対変な奴だもの。

「千葉!!お前は横転車両見にいけ!」

とりあえず想定外は隊長が対応し、
想定内である横転車両を任された。

横転車両に近づくと女性2人が車内にいた。
バックドアがすぐに開いて救出は容易だった。

2人は50代の母親と20代の娘だ。

大きなけがはなかったが事故のショックからか
会話が思うように進まない。

放心状態で横転した車両内に座り込んでいた。
車内を見渡してもチャイルドシートはなかった。

そこに隊長がやってきて
「一緒に赤ちゃんは乗っていましたか?」
と2人に問いかけると2人は泣き出した。

「はい…私が抱っこしてました…」

泣きながら50代の女性が言う。

助手席で孫を抱っこしていたのだろう。

娘が運転し、孫を抱っこして出かけている道中
横から飛び出してきた車を接触し
横転してしまった。

衝撃が収まった時には腕の中にいたはずの
孫はいない。車内を見渡してもどこにもいない。

間違いなく車外に投げ出されてしまった
大事な孫の命が自分の腕の中からこぼれ落ちた

もっと残酷にいうのなら

孫の命を守れなかった。

そんな罪悪感や喪失感を受け止められず
その母子2人は放心していたのだろう。

隊長の一言で現実に一気に引き戻された
2人は泣き始めてしまったのだろう。


隊長は続けて言った
「赤ちゃんはひとまず息はあるし
今は泣いている状況です。なので
一緒に病院へ行きましょう。」

普通なら死んでしまったと思う状況だろう。

しかし奇跡的に生きていたのだ。
地獄に1本の蜘蛛の糸が垂れてきたかのような
その奇跡的な事実に2人はさらに涙した。

無事で本当に良かった。


だっこより
チャイルドシートが
親心

これはいつだかの年の
交通安全川柳的なやつだ。

高校生の時にそんな川柳を毎年書かされた。
優秀作品として表彰された川柳が
その時に頭をよぎった。


確かにチャイルドシートに赤子を乗せると
泣き始めてしまったり、すぐにミルクを
あげられないなど不都合はあると思う。

抱っこしてることで得られるメリットは
山ほどあるだろう。

親心として手の温もりの中に子を包み
同じ景色を見て
会話して
ミルクをあげて

しかし有事の際にはそんな親心が仇となる

事故の衝撃の中で子供を抱きしめ続けられる
わけがないのだ。

ジェットコースター乗る時に子供を抱っこする

タワー・オブ・テラーで子供抱っこし続ける

車乗る時にチャイルドシートではなく
抱っこをするというのはそういうことだ


本当の親心とはなんなのかを
考えさせられるある日の出動だった。


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