【SS】レッスンサボり隊 / うのてぃー
「ルミナスプロジェクト」が始動してから間もない、ある日のこと。
「た、大変なのー!」
プロジェクトメンバーの一時的な控え室となっている、765プロの事務所に駆け込んできたのは、青ざめた顔をした星井美希であった。
「どうしたんですか? 美希先輩。そんなに慌てた様子で……」
ちょうど事務所に来ていた伊吹翼が不思議がって尋ねる。そこにいた他の二人――双葉杏と大崎甜花も、美希の方に目を向けた。
「あのね、今日から律子……さん指導で、ダンスレッスンが始まるみたいなんだけど……」
「……? それが……どうしたの……?」
「とある情報筋から聞いた話だと、その内容が、『同じ振り付けを一日六時間、五日間ぶっ続けで練習する』らしくて……」
「「「!?」」」
刹那、事務所内を戦慄が駆け抜けた。
「鬼だ……! これは鬼の所業だよ……!」
「律子さん、もしかして悪魔に心を乗っ取られて……!」
「甜花……、なーちゃんたちに……遺書、書かなきゃ……」
「ねえ、三人とも。この地獄のレッスン、受けたいと思う……?」
美希の質問に、すぐさまかぶりを振る三人。
「美希ちゃんは、レッスン受けたいの……?」
「もちろん、嫌に決まってるの。
だから、この四人で、サボタージュをするの! いいと思わない?」
「「!!!」」
甜花と杏の眼が、キラリと光る。
「お休みのことなら……任せて……!」
「休むためなら、杏もとことん協力するよ!」
二人が協力的な姿勢を見せる中、ただ一人、翼だけがおどおどとした表情をしていた。
「でも、そんなことしたら、律子さんに悪いですよ~!」
「むぅっ。翼は律子になつきすぎなの! 身体が壊れても知らないよ!」
「そ、それは嫌ですけど~……」
決断しかねている翼の様子を見て、杏が声をかける。
「ねえねえ、翼ちゃん。もしサボタージュに参加してくれたら、成功した暁には、みんなでクレープでも食べに行こうかなーって、思ってるんだけど……」
「えっ!? 本当ですかっ!?」
翼のアホ毛と寝癖が、ピンっと上を向いた。
「参加して……くれる?」
「もちろんです! クレープのために、頑張ってサボりましょう!」
「……やったぜ。」
策士はにやりと笑みを浮かべた。
「これで美希たちの心は一つになったね。それじゃあ、『レッスンサボり隊』始動なのー!」
「……ちょっと、ダサい……」
「もうちょっとかっこいいのにしない?」
「美希ちゃんがそんなにネーミングセンスなかったなんて、幻滅しました……」
「三人ともうるさいのっ! チーム名なんてこの際どうだっていいでしょ!
それよりも問題なのが、どうやって律子……さんの目をかいくぐって、レッスンから逃れるか、なの」
「どうやってって、普通に今から事務所を出ていけばいいんじゃないの?」
「杏は甘いの。律子……さんが来るまでは、そんなに時間がないから、今から出ていけば、運次第では鉢合わせするかもしれないの」
「じゃあ……どうすれば……いいの……?」
「美希に考えがあるの。律子が事務所に来たら、狸寝入りでやり過ごすの」
「そんな方法で、律子さんの目をごまかせるんですか?」
「大丈夫なの。うまくいけば、美希たちをレッスンに連れ出すことを諦めてくれるし、もし起こそうとして来ても、意地でも起きなければ良いの」
「なんか非論理的な方法だけど、鉢合わせして即叱られるよりはマシだね……」
「睡眠は……甜花の得意技……!」
「みんな、異論はないね?」
美希が訊いて、三人がうなずいた。
「よーし、そうと決まれば作戦開始なのー!」
美希の合図で、四人はめいめいに持ち場について、寝たふりを始めた。
四人が狸寝入りを始めてから間もなく、事務所にノックの音が響く。
「失礼しまーす。美希―、翼―、杏―、甜花―。レッスン始まるから、いるなら出てきなさーい……って、四人とも寝てるわね……。
どうしましょう。無理に起こすのも悪いし、かと言ってこのままレッスンさせないのも……」
(しめしめなの。美希たちが完全に寝ちゃってると思い込んでるの。このまま起きなければ……いけるの!)
美希が確信を抱く中、律子は四人の様子を見渡して、つぶやいた。
「寝てるのなら残念ね。せっかく美希のために、真とレッスンのスケジュール合わせておいたんだけど――」
「真くんとレッスン!? 今すぐ行きますなのー!」
(((美希ちゃん!?)))
律子の言葉にたやすく飛び起きた美希には、すぐに(あ、まずったの……)と後悔の念が生じる。
そして、冷や汗をかく彼女を、律子が呆れた目で見ていた。
「はあ、さしずめレッスンが面倒くさくて、狸寝入りでも決めていたってところね。他の三人も同じなのは、わかってるわよ?」
作戦が総崩れになり、杏と翼はしぶしぶ体を起こす。
「う~! 美希ちゃんのバカ―!」
「やっぱり律子さんの方が、一枚上手だったか……」
そんな中、未だに作戦を遂行しているアイドルが一人。
「すぅー……、むにゃ……、にへへ……」
「おいっ、甜花! 起きろって! もう杏たちの考え、見破られちゃったんだぞ!?」
「んぇ……? えっと……おはよう?」
「寝ぼけてる場合じゃないってば! ていうか、本当に寝てたの!?」
「杏ちゃん……、何慌てて……もしかしてっ、作戦失敗っ!?」
ようやくお目覚めの甜花のもとに、他の三人が集まり、小声で話し始める。
(みんな、ごめんなの……。真くんには勝てなかったの……)
(今は反省よりも対策だよ! とりあえず、この窮地を切り抜けなきゃ……)
(て、甜花っ、一個、思いついたことがあるんだけど……。ごにょごにょ……)
甜花が他の三人に声を潜めて話したかと思うと、杏とともに律子の方に向かって行って、
「ねえ、律子さん。律子さんの好きなものって、ゲームだったよね?」
「何よ、藪から棒に。確かに、プロフィールにはそう書いてるけど……」
「甜花……律子さんと、ゲームしたい……! 律子さんが勝ったら……甜花たち、レッスン行く……! えっと……」
「「……ダメぇ?」」
上目づかいで律子の顔を覗き込む二人。
「……わかったわ。ゲーム好きを自称してるからには、受けて立たなくちゃね」
「「やった!」」
「ただし、それ相応の覚悟があると見て、本気で行かせてもらうわよ……!」
律子の眼鏡が閃光を放ち、レッスンをかけたゲームの火蓋が、切って落とされた――。
「そんな……! 杏たちが、ス〇ブラで負けるなんて……!」
「二対一なのに……、全然、歯が立たなかった……!」
数分後、そこには意気消沈した杏と甜花の姿があった。
「まあ、この手のゲームは、相手の攻撃やガードのタイミングを見極めて、アルゴリズムに当てはめて対応していけば、意外と勝てるものよ。あとは、アイテムの有効な使い方や、行動のタイムラグを考慮して――」
必勝法を饒舌に語る律子の声は、四人には届かない。
もはや、そこに希望を抱いているものは、誰一人いなかったのである。
「だいいち、美希たちはどうしてそうかたくなに、レッスンから逃れようとしてるのよ?」
「だ、だって――」
「律子さんっ、一日六時間のダンスレッスンを、五日続けてやるんですよねっ!? そんなことしたら、私たち、死んじゃいますよっ!」
美希の言葉を横取りするように、翼が涙をためながら答えた。
すると、
「え? そんな非効率的なレッスン、するわけないじゃない」
さらりと言い放たれた言葉に、四人が目を見開く。
「えっと、美希ちゃん。その情報、誰から聞いたの……?」
「誰からって、亜美と真美からだけど……」
「きっと、二人が美希をだまそうとして教えた偽の情報ね。ダンスレッスンは仕事との兼ね合いもあるから、一日二時間で、そんな連日行うようなことはしないわ」
「「「「よ、良かった(の)~!」」」」
四人は、安堵の表情を浮かべ、手を取り合って喜んだ。
「とりあえず、デマを流した亜美と真美には、後で説教しなきゃいけないわね……」
律子の頭上に一瞬、鬼の角が生えた気がした。
「ひえぇ~、亜美も真美も、ご愁傷様なの……」
「あ、言っておくけど、あんたたちもタダで済むと思ってるんじゃないわよね?」
「え……、だ、だって……、甜花たちは、亜美ちゃんと真美ちゃんに騙されて……」
「騙されていたとはいえ、レッスンをサボろうとしていたのは、事実でしょ?」
「そ、それは、そうかもしれないけど……」
「というわけで、四人には罰として、居残りでダンスレッスンをしてもらうわ……四時間ね」
「「「「ひぃぃぃっ!」」」」
四人の顔が、恐怖で青ざめる。
「鬼だ……! 悪魔だ……! ちひろさんだーーー!」
「甜花……、やっぱり、なーちゃんたちに……遺書、書かなきゃ……」
「律子……さん、六時間もダンスレッスンなんて、非効率的って、美希は思うなー……ね?」
「そうね。それじゃあ、居残りレッスンは一時間に短縮しましょう」
「や、やったの――」
「……翼だけ」
「な゛ん゛で゛っ゛!」
「律子さんって、本当に翼ちゃんには甘いんだね……」
きらめく大舞台に向けて、アイドルたちは今日も努力を重ねる。
「ルミナスプロジェクト」は、まだ始まったばかりだ。
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