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ど田舎のモード系OLから見た、2000年頃の体感ジェンダーギャップ

2023年のジェンダーギャップ指数が発表され、またしても日本の女性たちの深いため息が漏れる結果となった。2006年から始まったこの評価で、日本は2006年は115カ国中79位だった。そして日本とトントンで70位だったフランスは、日本と同じく4つの指標(教育、医療、経済、政治への参加)の経済と政治参加に男女の格差が色濃くある国だったので、こりゃいかん!とパリテ法を制定した。政治の世界の男女格差をなくすべく奮闘し、フランスは2021年には20位、2022年では15位、2023年ではまた下がって40位となっている。フランスの場合は政治参加は男女同数に近付いてきたけれども、男女の賃金格差がまだまだ残っているらしい。とはいえちょっと高レベル過ぎて雲の上の話。
日本の場合は、教育と医療にはさほど男女差がなく(とは言え、ある)こんな発表に意味があるのか?という声が未だに大人たちからも聞かれることもあるんだけどちょっと想像して欲しい。政治を担う者にお金持ちが多ければ、富裕層に有利な政策が増えやすいし、年寄りが多ければ、政治家も年寄りにひよる(現在の日本の政治が実際にそうであるように)。
意思決定に関わる人の属性の分布によって、マジョリティに都合のいいような格差が、統計学的有意に生まれることはもうずいぶん前から証明されているから、偏る属性の人々によって行われる政治って問題なのだ。怖いわねえ。

と、今回はそんな数字の話をしたかったわけではなくて、ジェンダーギャップ指数の最新版の発表がされたので、私は新卒で勤めた富山のど田舎のいち中小企業にいた頃の自分を思い浮かべていた。ジェンダーギャップ指数の発表など始まる前の、2000年頃の話である。
当時から私は愛読していた雑誌が「VOGUE」だったため、ど田舎に暮らせど首都圏で働く意識高い系OLの生活を、幸か不幸か社会のイメージとして持っていた。おかげでハラスメントという言葉も概念も持ち合わせていたわけだが、2000年の富山では、そうした概念は首都圏のみでしか放送されていないテレビ番組のように「そういうものがあるらしいが、実際に見たことがないからよくわからない」といったような扱いであった。

就職氷河期ど真ん中に幸運にも正社員となった私は、企業の選択肢もほぼなく、若さゆえに人生経験が浅かったため、自分の就職した企業が事務職にも制服を着用させる会社であることを気に留めていなかった。就業前と就業後はお気に入りのマーク・ジェイコブズ等の服で通勤しており、毎日がランウェイだった。ダサいのは働いている時だけ、接客業ではないので社外の人と会うことも少ない。当時の私にとっては制服は大した問題ではなかったのだが、思い返せば大切なポイントはそこではなかった。経験的に、無用に制服を社員に着用させたがる会社は、意思決定層の支配欲がひときわ強い感じがする。きっと背後霊に武将を背負っている人が多いのだろう。

最初の違和感は、役員会議(100%男性)のお茶を淹れるように頼まれた時だ。もともとお茶汲みを担っていた女性の先輩が、その仕事を私に引き渡すことを随分とためらっていた。その悪しき風習を自分で終わらせたかったのではないかと思う。今考えても素晴らしい先輩だった。
問題意識のカタマリであった先輩による、高額の茶葉を/高温で淹れて/高温のまま出すお茶は、当然だがまずかった。その職務を引き継いだ私は、先輩の崇高な精神にも気が付かないで、先輩を手伝えることがただ嬉しくて、お茶を低温で抽出し、きれいな緑にした。無論、美味しい。
「このお茶は誰が淹れたの?」と会議中に役員が会議室から出てきたので「私です」と答えたことにより、以降は役員会議や大切なお客様が来た際にご指名のお茶係になった。
当時は経理を担当していたので、とかく集中を欠くとろくなことにならない伝票作業中でも頻繁にお茶中断がかかるようになり、そんな私を見かねてか、出来杉OLの先輩が代わりにまずいお茶を淹れて会議室に馳せ参じるようになった。役員も伝票よりお茶を優先しろとまでは言わなかった。

どの職場でもひとりはいる嫌われ者は、私がいた部署では部長であり一番役職が高かった。言葉を交わせば皆不快になるので、周囲からは必要最低限の対応をされており、そのため彼は暇を持て余していた。人は暇だとろくなことを考えない、だから、彼もろくなことを考えていないしろくでもないことしか言わない。よって嫌われるループを回す。
ある日私に得意料理は何か?と問うてきた。実家暮らしで私が家事を切り盛りしていたため、適当に「肉じゃがですかね?」と答えたら、彼のなんらかの期待を裏切ったようで「なんて地味なものを作るんだ?うちの娘はフレンチのフルコースを作りますよ」と謎のマウントを取ってきた。なので私は「毎日暮らしている中で作っているものなので、料理教室と同じように語られても(笑)」と、図らずもいち早く「丁寧な暮らし民マウント」で切り返したのだった。過去の自分を褒めたい。

「なんかこの会社はおかしいかも?」と思い始めたのは入社して1年が過ぎた頃だった。部長(嫌われ者)の発案で女性社員が朝30分早く出勤して、毎日職場の清掃をすることになった。しかも、これが無償労働であった。朝の15分は夜の1時間という言葉があるように、出勤を30分早めるということは、報酬なく勤務時間が2時間延びるに匹敵する重大懸念事項である。
「清掃員もいるのに、女性だけなぜタダ働きする必要が?」と部長に問うと「男性社員が汗水垂らして稼いできたお金であなたたち女の子は暮らしてるでしょ?」と平然と答えられた頃には、退職へのカウントダウン(劇場版コナン)が始まっていたように思う。

2000年頃の東京のOLの手元は、自爪派ならばシャネルのヴェルニに決まっていた。当時の私はナラカミーチェのフリフリとしたブラウスにドルガバのused演出の効いたデニムを合わせて甘辛ファッションを楽しむモード系OLであったが、気持ちは保守だからネイルはシャネルのペールカラーで上品に(VOGUE流)。電卓が打ちにくいので長い爪もNGがモットー。
てな感じで藤色にうっすらと品よく染まる私のネイルに物申してきたのも部長であった。そのうちそれが口紅に移行した時に「このどこが問題ですか?」とおそるおそる聞いてみると、なんだそんなこと?みたいな顔をして「だってそれ、僕の好みじゃないから!男はメイクなんてしてませんて感じの自然なピンクが好きだからね」と笑顔で答えられた。随分年上の既婚男性から、業務中に堂々と性癖を押し付けられて(50代の男性が20代の女性にすることか、怒)私の凍った背筋を撫でてくれたのは心優しい同期のギャルだった。

そして退職を確定させたのは、後輩男性の存在だった。後輩は少しも悪くない。ただ単に給与計算中に、その後輩のほうが学歴も持っている資格も私と同じなのに、基本給からして高いという事実に気がついたのだった。
毎日私が後輩に仕事を教えているのだから、少なくともこの会社のこの仕事は、私の方が能力が高いのだ。「どうして彼の方が給料が高いのですか?」と上司に聞いたところ、これもまたこともなげにこう返された。
「だって、男の子は車にお金をかけなきゃいけないし、女の子よりたくさんお金が必要になるでしょ!プンプン!」と。
「女の子はデートに行く前にお化粧やら服にお金がかかっているんだから、男性が奢るのは当然よね!プンプン!」と同等かそれ以上のタチの悪さだった。というか、普通に労働基準監督署に行く案件である。
どんなダメな職場でも、3年勤務しなければ我慢できない未熟な人材だと判断されるという人事にまつわる都市伝説がまことしやかに語られていた時代だった。だから、3年は我慢しようとこらえていた。
1日に1回以上、道理の通らない上司の指示にイライラしていた。我慢して我慢して、2年目のとある日に近所をふらふら歩いていたら、足元にたんぽぽが咲いていることに気がついた。つくしも生えていた。その時、春が来ていることにも気が付かないなんて、私はこんなにも余裕を失っているのだなと思い退職をした。


きっと当時を知る人は「給与格差とかセクハラとかお茶汲みもあったね〜!そういう時代だったよね〜」と思うだろう。ファッション界のバイブルVOGUEの誌面の外は、確かにそういう時代だったのだ。
でも大切なことは、そんな時代と今の法律は変わっていないことだ。
はっきりとした男尊女卑が横行していた時代にも、労働基準法の第4条はあった。女性であることを理由に賃金に差をつけてはいけないと法律に記載されていた時代に、これらは起こっている。2000年当時だって、職場で部下の女性社員に自分好みのメイクを強要することはハラスメントだったのだ。法律上禁止されていたのに、差別は確かに横行していた。今はそこまで差別的な社会ではないし、2000年と今と何が変わったのだ?と問われたら、それはただただ社会に暮らす我々の意識が変わったのである。意識的にしろ、無意識的にしろ、人々の意識というものは時に法律にも勝る力を持つ。
この差別意識は2006年の統計発表から、世界全体が目標を掲げながら根絶に取り組んだおかげで相対的に改善してきているのだろう。そうして性差別が解消されつつある世界で、しぶしぶ掲げた目標も達成せず、相対的に延々とランキングが悪化しているのが現在の日本ということになる。
そう考えるとふと疑問がわく。
この社会の性差別は本当にマシになっているのだろうか…?

だって、2000年に起きていたこのような出来事は、今だってそこらじゅうでまだ現在進行形で起きているはずである。東京に引っ越したあともセクハラには悩まされ続けてきたし、友人は港区女子なのに、社長の次に長く勤めている会社でまだお茶汲みをさせられている。
素直で人に優しく従順な性格などという他者に搾取され易い性質を「美徳」と称して自分の息子ではなく娘に望む親の多いこと。
天気の良い日に、就業時間内で見事に仕事を済ませて上司に褒められ、今日は完璧な1日だったと自分に何かご褒美を買おうとウキウキで帰る電車で痴漢に遭い、1日かけて作り上げた幸福を簡単に台無しにされること。内閣府の調査では16〜24歳の若年層の4人に1人がなんらかの性暴力を経験しているので痴漢などは珍しくもない。被害者は20代に集中するので、歳を取ればに相対的に被害が減っていくだけだ。そもそも被害者の数が減っているなどという報告は見たことがない。
最近知ったのだが、車の安全性基準の実験は特殊なマネキンを使うが、平均的な男性サイズのマネキンでのみなされており、女性や子供のマネキンでは安全性の基準を満たさなくなる車が沢山市場に流通している。すべての自動車は身長が170cmを超える成人が乗ること前提で作られている。

「性差による差別を許さない」という意味でのフェミニズムは、逆境において勢いがついてもバックラッシュといって定期的に後退する。韓国のフェミニズムも躍進が続いたのちに、つい先日反フェミニズムを誓約に掲げたユン大統領を多くの若い韓国人男性たちが支持して当選した。韓国のフェミニズムは女性をただ優遇するような幼稚な思想のフェミニズムではない。国内の経済が冷え込み、外貨を稼ぐためには、これまでの差別的な自国の文化では芸能の分野では世界と戦えない、と舵を切ったようにも見えた。
しかし、若い世代に続いている経済不安の矛先を女性にむけられてしまった形でバックラッシュは起こった。歴史的に例外がないため、日本でも同様にバックラッシュは起こるだろう。もう起こっているかも?
でも、私たちはセクシュアルハラスメントという概念を既に手に入れた。自分で選択できない性別によって、人権を他者と同等には認められないことが不正義だと、多くの人が知ってしまった。好きでもない人間にお尻を触られて我慢することも、どちらかの性別が極端に家事を担っていることも、おかしいともう知ってしまったのだ。
だから、フェミニズムの火は絶えないし、絶やさないように声を上げ続けることが差別と闘うために最も重要なのである。日本では若い世代にフェミニズムがだいぶ不人気だけどもね。

でも、ちょっと考えて欲しい。
あなたの1日を簡単に台無しにするその「いやなこと」は、本当にあなたが我慢するだけで解決する問題なの?
そしてその「いやなこと」を、子ども達にも背負わせたいですか?
それを我慢することは、誰の得になるの?


(参考)
(1)ジェンダー・ギャップ指数とは?
https://spaceshipearth.jp/gendergap/
(2)ジェンダーギャップ指数2023
https://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2023.pdf
(3)ジェンダー平等とフランス2023

(4)権丈英子,「ジェンダー・ギャップ指数から見る日本の課題と展望」https://www.camri.or.jp/files/libs/1861/202301101434166875.pdf

(5)村上彩佳,フランスの性別クオーター制「パリテ」に関する社会学的研究
(CiNiiでお探しください)
(6)内閣府「若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果について」
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2022/202209/202209_04.html


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