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新聞の解約から見えたこと。

某老舗経済誌を解約する

今年に入ってから英語の勉強をするために、某英国の老舗経済誌をwebで契約した。語学力のない私には、語学力を補って余りある気力が翻訳作業にはより一層必要なので、せめて自分の興味の持てる記事にしたいと思ったのがわざわざ単語の難しい経済誌を選んだ理由だった。
内容には非常に満足していたものの、記事を読むペースが遅いので読みたい記事がどんどん溜まっていった。それにうんざりして数ヶ月で解約を決意するに至った。私にとっては明らかではなかったけれど、一部の人にとっては明らかな結末であったのかもしれない。
私は英国の本家サイトから直接契約をしたため、日本での代理店を通じての解約とはおそらく違う手順を踏んでいる。解約のページから「サブスクやめますか?」にはいと答え、適当に理由を選択して解約とはならなず、チャットまたはアジアパシフィックのカスタマーサービスへ電話で連絡することで初めて解約ができる流れになっていた。
私の予想では、こうしたシステムによって世界中に英語の勉強のためにこの超有名某経済誌を契約したものの、英語が下手なために解約ができない人々が相当数いるのではないかと思われる。これを読んだ皆様で、もし英語の勉強のために海外の新聞を契約しようとされている方は、日本の代理店を挟むことを強くお勧めしたい。

英国カスタマーサービス担当者の裁量権


「サポートを利用してくれて嬉しいよ!弊誌の体験はどうだった?」と1チャット目からポジティブなオーラを感じるチャットが流れていく(もちろん全部英語)解約したいの〜という一言では済まないことが瞬時にわかる。
いや、メンタルが強い人ならば「解約したい」の一点張りでも解約は可能なのかもしれない。しかし、私は無謀にも英語での対話を試みたのだった。
素晴らしい記事が読めていい体験でした。でも読む時間が限られきて解約をしたいの。お願いできますか?と。すると、時間が限られているなら音声のサブスクなんてどう?月額も少しだけ安くなるよ、と次々と新しい提案が出てくる。おそらく、そういうマニュアルに沿って対応をされているのだと思う。担当者は解約に関するネガティブな言葉を使わず、私のニーズに合わないのであればそれを解消する別の提案をしてくれたのだった。
嬉しい提案だけれど私は英語が初心者なので、音声は難しいの。今回は解約だけしたいのね。と私は続ける。担当者もひととおりの提案を終えると、私の状況を理解して、残念だよ、いつでも戻ってきてきてほしいと言いながら手続きを完了してくれた。(英語が下手な私にとっては厳しい時間ではあったけれども)非常に素晴らしいサポートだったと思う。一切ネガティブな言葉を使わなかったのも驚きだったが、チャットの担当者が自分の裁量権で契約の金額を次々に下げていったのは本当に驚いてしまった。カスタマーサービスの担当者がこのような裁量権を持って働いている日本企業を私は知らない。

日本のカスタマーサービス

私は通販を利用することがおそらくかなり多いほうだと思う。本や日用品、服もほとんどが通販である。
そのため購入した製品に不備がある回数も当然増えるのだけれども、日本のカスタマーサービスで今回のような見事な対応をしたところは少ない。
記憶に残っている見事なサポートといえば、某ネットセキュリティの中国人のシステムサポート担当者と、某金融決済システムのマレーシア人のカスタマーサポート担当者だった。日本語がネイティブではないのに私の意図を正確に汲み取り、真摯な姿勢でベストな解決策を提示してくれた。
一方、日本語ネイティブの方のカスタマーサポートはというと、マニュアルを意識しすぎるためか、私の解決したい問題の意図をなかなか汲み取ってもらえない。
例えば仕付けの問題で、左右対称にならない襟のついたワンピースを購入した時に、これは仕付けの問題なので、一度襟をほどいて縫い直して欲しいという旨のメールをしたのだが、それが理解され、解決するまでに3ヶ月を要した。素敵なサマードレスを夏に着たいがために前年の冬に予約し、不備があり夏に送り返して修理された頃には冬になっていた。対応はマニュアルを切り貼りしたかのようなおかしな日本語で書かれたメールで、この担当者は新人に違いないと自分に言い聞かせ、しばらくは我慢したものの限界が到着してクレームを申し立てた。すみませんが、あなたの日本語が私に通じないのは、私の問題ですか?このメールの内容をこのように解釈していますが、あなたの意図と合ってますか?合っていたのならば、どうしてこのような意味の通じにくい日本語を使うのですか?と。
その担当者は外れたようで、別の文体で意味の通じるメールが送られてくるようになった。担当者の名前はずっと出てこない。そのブランドは『カスタマーサービスの誰か』という建て付けで社員を守り(誰から?)、社員の責任を分散させているようだった。コロナ禍でネット通販を利用する人が増え、リモートで対応するために窓口をメールだけに絞っているアパレルが増えた。その副作用として、名前も名乗らない担当者が増えて、不快な買い物体験が増える一方になっている感覚がある。

武器を持たずに戦地に送られている

しかし、このように担当者に名前も名乗らせないのは、日本でのカスタマーサービスの多くがクレーム対応の現場となっているからだろうと予想する。かつて私はネットバンキングのカスタマーサポートにいたのだが、1ヶ月も続けられなかった。クレームが強力すぎて精神があっという間に蝕まれるため、自分の健康を保てないと早々に悟った。現在もそうした仕事の多くは高額で外注されていると思う。
オペレーターの仕事をしていたとある日の休憩時間に、ランチを食べながらあることに気がついた。オペレーターを担当している人の多くが、ランチを食べながら電話をし続けている。彼らはなぜ仕事の休憩中にまで電話をしているのだ?と先輩社員に問うたことがある。社員は顔を曇らせてこう言った。
「彼らは、どこかへクレームの電話を入れているのよ…。クレームを受け続けていると、誰かにも同じようなことをしたくなるのかもしれないわね…」
耳を澄ましてみると聞こえてくる。

私は御社のミスのせいで自分の休憩時間を使って電話をかけている、本来ならばあなたが私の都合に合わせて電話をかけてくるべきだろう。
あなたの勤務時間などしったことではない。
ああ、話にならない、上席と話をさせなさい。

この地獄絵図が決定打となり私は即座に仕事を辞めたのだが、基本的に日本のカスタマーサービスの担当者にはものごとを決定する権限がないし、受け取るクレームは理不尽なものが少なくない。彼らは身を守る武器すら与えられずに戦線に立たされている。相場より少々高い金額を支払えば、肉の壁の代わりなどいくらでもいるといわんばかりに。

ストレスフルな日本社会には、理不尽を極めるクレーマーが多いだろう。企業側がクレーマーをコントロールできないのであれば、クレームの矢面に立つ人間に対し企業は彼らに裁量権を渡すべきだ。それは、うまく使えばきっと彼らを守る盾となる。
人は誰かと言葉や気持ちを受け渡す。その受け渡しを行う際に、どちらか一方だけがもう片方に配慮するという非対称的な関係では、受け渡しが健康的に行われていくわけがない。そうした非対称に関して是正されないうちは、私の不快な買い物体験も増え続けていくんだろう。
ああ、面倒だ。

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