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結局、好奇心なのかもしれない。

とーとつにメタバースデビュー

先日、ふと思い立ってメタバースに登録した。どのサービスがいいか見比べた結果、やはりユーザー数がいちばん多いらしいclusterを選択。デフォルトのアバターでロビーをうろうろし、他の人のワールドに入って見て回ったり、テレビ番組のイベントに入ったりして、何となく雰囲気がつかめてきたところで、オリジナルのアバターとワールドの作成に挑戦してみた。

オリジナルといっても、アバターは無料ツールのVRoidStudioでパーツを選んで組み合わせて編集しただけだし、ワールドは公式が配布しているアセットを配置しただけだ。
作ったワールドは2つある。ひとつはオープンカフェ

入るとこんな景色
ベンチでギター弾いたり
バーで飲んだり
屋上はまだ真っ白

もうひとつは図書館

入口
談話室
キッチン
2階はまだこんな感じ

clusterをやっている方はお暇があればリンクからページに飛べるので覗いてみていただきたい。ちなみに名前の「ハウオリ」はハワイ語でHappyを意味するHau'oliからきている。

メタバースを始めた理由

と、まあこんな感じでひとり地味に遊んでいるわけだが、なぜclusterを始めたかというと、仕事のためだ。といっても、ここで一儲けしようというわけではない。そもそも、オリジナルのアセットを作成してレイアウトするスキルも時間も絵心もないワタシに、収益化などどだい無理な話である。

ではなぜかというと、ワタシが軸足を置いているIT業界の翻訳では、今後こういうネタが絶対出てくるからだ。もちろんこのご時世、単なる訳語レベルなら辞書を引いたりぐぐったりすればそのうち見つかる。しかしそれと、読む人に伝わる訳文を書けることは、全然違う話だ。辞書やGoogleで調べるよりも実体験として知っておいた方が断然有利なので、ワタシは興味を持った新しいものには実際に触れてみることにしている。自分で体験しておけば、少なくともさっき出てきたassetを「資産」とか、ワールド作成に使うツールUnityを「統一性」とか訳すことは避けられる。

絵を描いて訳すということ

「知らないことは訳せない」と、ワタシの業界仲間のうちではよく言われている。当たり前といえば当たり前だし、完璧に知っている専門分野だけを請けてやっていけるならそれが最高だけれども、売上を考えるとそうとばかりも言っていられない。ワタシがいる産業翻訳の世界では専門外のドキュメントに接することがよくあって、そんなときにはその筋の人が書いた記事をそれこそぐぐって集めて読みあさり、こういうことか?と想像しながら訳文を書くこともたまにある。

この「こういうことか?」は、文字面だけをこねくり回しているわけではない。頭の中で絵を描いて、それを文章に落とし込み、自分が書いたものをもう一度読んで、その絵を再現できるところまでが「こういうことか?」の一連の作業なのだ。

この「絵を描く」という表現、ワタシがこの業界に入る前からお世話になっている翻訳フォーラムでよく使われる(6月末に開催されたシンポジウムでは主題のひとつだった)。原文が言っていることを絵にできれば、読者に伝わる訳文が書けるという意味だ。

別に、実際に画材を手に取って絵を描けということではない。絵が描けなければ翻訳ができないなら、ワタシなどリアルに失業してしまう。そうではなく、原文に書かれている状況を脳内で絵面として(棒人間でも矢印でもいい)思い浮かべ、それが伝わるような文章を書けということ。この言葉を最初に聞いたときからワタシはそう理解しているし、実際にそうしている。そして、「絵が描ける」ようになるためには、その分野のことを多少なりとも知っておいた方が断然楽なのだ。ワタシがメタバース時代に備えてclusterを始めた理由はそれである。

そうか、好奇心か

ところで、ワタシの興味のスパンはとても短い。子どもの頃からいろいろな趣味に手を出してはすぐに飽きる性格で、道具を買って1回か2回やっただけで放り出したものも多い。今まで続いている趣味といえば音楽と手芸なのだが、それもジャンルを次々渡り歩いていてひとつのものに留まっていたことがあまりない。このnoteも始めてすぐ止まり、久しぶりに1本書いたと思えばすぐ放置しているのを見ればお分かりいただけるのではないか。

そんなワタシが、よくこの業界で25年も続けてこられたものである。よく飽きずに続けてきたと思うし、これからもたぶん飽きることはないと思う。どうして飽きないのかなあ、とここ最近考えていて、もしかしたらこの好奇心旺盛で熱しやすく冷めやすい性格が鍵なのかもしれないと思い至った。

産業翻訳ではいろいろな分野を取り扱う。専門分野がしっかりあってその分野しか請けないという人も多いが、ワタシの場合はITもあればエンタメもファッションもスポーツもあって、全然違う分野を同時進行することもよくある。ITの中でもUIやらWebの記事やらセミナー資料やら、そのたびに内容も原文のスタイルも違って、(リピートしてくださるソークラ様を除けば)ずっと同じものを訳しているということは、ワタシの場合はあまりない。何日かおきに違うものに接し、そのたびに楽しみながら、半ば苦しみながら、自分の知識を掘り返しネットの海を探し回る。そうか、この好奇心が、産業翻訳者としてのワタシの最大の武器だったのかと、今更ながら両手をぽんと叩いたのだった。

好きを仕事にするとは

「絵を描く」の話に戻る。一昨年の業界団体のカンファレンスがらみで「翻訳者が #1時間語れるもの 」というハッシュタグが流れてきた。ワタシは試聴できなかったのでハッシュタグに乗っかっただけだが、登壇者の方がまとめてくださっているので貼っておく。

(今改めて見たら自転車ロードレース解説者の別府 始さんがこのハッシュタグに乗ってて驚いたわ)

「語れる」といっても、講義するレベルである必要はないし、学術的・高尚なものでなくてもいい。アニメでもゲームでもドラマでも音楽でもスポーツでも、同志がいれば1時間ぶっ通しでしゃべりたおせるような、「自分はこれが大好き!」という得意分野を持とうよ、という話である。だってこのご時世、すべてのジャンルに翻訳が入り込む余地があるのだから。大好きで知識がそこそこあるジャンルであれば「絵」が描けるし、立派に専門分野にできる。そして普段から何かの形で発信しておけば、「そういやこの分野得意でしたよね」と仕事の話が舞い込むこともあり得る。

学生時代に北欧メタルやブルース系のコピーバンドをやっていた経験が20年後の仕事に生きたワタシが言うのだから本当だ。そして前述のとおりの非常に飽きっぽい性格ゆえに広く浅くいろいろ手をつけているので、「絵」を描くためのとっかかりも得やすい。どこを調べればいいのか皆目見当がつかないということは最近では記憶にない(見当がつかないものは最初からお引き受けしないのがプロとしてのマナーだと一応書いておく)。

一昔前は「オタクっぽい」と言われて避けられたマンガやアニメや鉄道などの趣味を公にして仕事を手に入れているアイドルもいる時代だ。翻訳者も、案件が降ってくるのを口開けて待っているのではなく、得意分野を発信して、仕事を呼び寄せ、獲りにいき、むしろ自分で仕事を作る、そんな努力が必要になってくるのだと思う。そうすれば、機械に使われ、振り回され、駆逐されるようなこともないはずだ。


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