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【カレー移民の謎】笑顔で接客するネパール人店員の裏にあるもの

でかいナンはお好きか?私は大好きだ。
でかいナンと、とろみのある甘いカレーを出す「インネパ」店の謎に迫る本について語る。

「この『カレー移民の謎』を読む人って、カレーマニアだろうな〜〜(?)
そんなに読む人いないんじゃないか?」と思いながらAmazonでこの本を検索した。
そうしたら意外にも89個の評価がついており、総合評価はなんと4.6!(5が最高)
1ヶ月に500人以上が購入しているらしい。

やっぱりみんな気になるんだな…。
最近どこにでもあるネパール人経営のカレー屋さんのことを…。

私が思う「ネパール」

本を読む前に、ちょっと考えてみた。
「ネパールとはどんな国だっけ?」と。

ネパールといえば私は3つ思い浮かぶことがある。

  1. インドの北東に食い込んでる山がちの国
    →首都カトマンズくらいしか地名が出てこない。そういえばネパールは沢木耕太郎さんの『深夜特急』で出て来たなぁ、程度だ。
    うへ、、無教養がバレるぞ、、。

  2. 近所の、ネパール人がいるカレー屋さん
    →私の近所にもインネパがある。典型的なナンとカレーのセットを出している。わりと好きで、たまに行く。辿々しい日本語で接客してくれる。この本で出てくるネパール人たちのイメージと、よく似ている。

    超絶どうでもいいが、そこのカレー屋で働くネパール人の方々の中に、なかなかの目鼻立ちの整ったシュッとしたお兄さんがいる。(要らねえ情報だ!)

  3. 中学の時のクラスメイト
    →私の通っていた中学にネパールにルーツを持つ人がいた。
    4月の新学期にクラス内での自己紹介で、
    「特技は、ネパール語、英語、日本語を話せることです」
    と言っていたのをよく覚えている。
    トリリンガルだった。

    なので私は「ネパール人はトリリンガル」みたいなイメージをずっともっていたけど、私のクラスメイトのような例は少数派だと、この本で知った。

山ガチ貧困出稼ぎ国家

エベレストが聳え立つネパールは人口の約40%が貧困層で、国内の産業は農業と観光業くらいしか発展していない。自国に見切りをつけて海外で稼ぐことに憧れを持つ人は多いそう。

なので、ネパール人は出稼ぎに行く人が非常に多い。
ドバイ、マレーシア、韓国、日本、アメリカ、カナダなどなど、いろんなところに働きて世界中に点在しているようだ。

まるでディアスポラ……。

すまない、世界史用語を使ってしまった。
ディアスポラとはパレスチナ以外の地に移り住んだユダヤ人を指して使うことが多い。

今改めて調べてみたらユダヤ人以外にも世界のあちこちに離散した「移民」「難民」を意味して使うみたいだ。
あながち間違ってないかもしれない。

ネパール人のカレーが増えた理由

日本側の政策の転換、ネパール側の貧困事情と民族性の大きく2つが関係しているようだ。

日本側の政策

  • コックのビザが取りやすくなった
    →それまで黙認していた不法就労の外国人を摘発したら働き手が減ったので、正規ルートで来れるように規制緩和がなされた。

  • 500万円で開業できるようになった
    →それまで2人の日本人を雇わなければいけないという開業のハードルがあったが、コツコツお金を貯めれば誰にでも開業できる道がひらかれた。

  • 「留学生30万人計画」で外国人の受け入れ奨励
    →表向きはグローバル化云々だが、日本の少子高齢化にともなう働き手不足への対策がされた。留学生は週28時間のアルバイトが許可された。日本の労働力として貢献。

    →東日本大震災で中国・韓国・台湾の留学生が激減。発展した東アジアからの留学生に代わって、経済的に立ち遅れた東南アジア・南アジアからの留学生が増えた。

ネパール側の貧困事情・民族性

  • 自国にある産業は限られてる
    →農業や観光業のみ。

  • ひとりでいろんな作業ができる
    →インド人はムスリムだと宗教上豚肉が扱えない。また、職業の細分化の文化から「掃除はやらない」「注文は取らない」など、ひとりで全ての仕事ができない場合もある。その点、ネパール人はいろいろこなせるので、日本でコックとして働くのに適していた。

移民2世問題

移民2世問題は、ネパール人に始まったことではないらしい。

中国残留孤児、
バブル期に来た中東・パキスタン人、
80年代後半に来た日系の南米人、

などなど。
日本にやってくる外国人がいれば、その度に必ず時差でやってくる問題だ。

移民2世の教育問題について思ったのだが、外国人の子供が日本語を学ぶところは特別支援学級や夜間中学だけなのだろうか。

これは私の子供時代の話だ。
私のいた小・中学校には特別支援学級とは別に「国際教室」なるものがあって、外国籍の子供へ日本語などを教えるクラスだ。ちゃんと国際教室専用の教室があって、放課後や土曜日に集まって勉強しているようだった。

小学5年生の時、日本語が全くわからない状態で転校してきた外国籍の子がいた。なんと彼女は1年で日常会話ができるまでになっていた。驚異的なスピードで日本語の能力を伸ばすことができたのは彼女の努力の賜物ではあるが、おそらく国際教室のおかげだろう。

中学に入る頃には学力の遅れは同級生の私から見たら感じられなかった。(国語はちょっと苦手だったようだが)
通常の授業、国際教室での勉強、部活動をこなして毎日学校に来ていた。

この本を読んで、日本語がわからないという理由で不登校になるネパール人のカレー移民2世の子供がたくさんいることに驚いた。

国際教室は限られたところでしかやってないのだろうか。
是非とも増えて欲しい。

インネパのふるさと、バグルン

著者の室橋裕和さんの本はとっても好きだけど、この『カレー移民の謎』でちょっと不親切だなと思ったことがある。
当たり前のようにネパールの地名が出てきて、なのに地図が一個もない。(汗)
私のような一般人だと、ネパールと言ったら首都のカトマンズを辛うじて知ってるか知らないかくらいの知名度だと思うのだ。

室橋さんの代わりに私が地図を載せる。
一般人諸君、私と腕を組んでネパールを学ぼう。

見にくくてゴメン。赤文字のところがバグルン。

ネパール人の多くはバグルンという所からやってくるらしい。
首都カトマンズから西におよそ180km離れた所にある。古くはチベットとの交通路として栄えた。

一昔前は農業で自給自足の生活ができたようだが、海外で稼ぎに行く人が増え、さらにその仕送りで都市に移り住む人が多いらしい。過疎化が進んでいる。

本には著者の室橋裕和さんが実際に取材に行ってきて聞いた話が書かれている。街の様子や、現地の人とのやり取りなど、写真も含め詳細に書いてある。
室橋裕和さんの本では綿密な取材にいつも驚かされる。
それが満足度が高い理由の一つだ。

インネパ食べたくなった🇳🇵

この本を読んで、ふと近所のカレー屋さんを思い出した。 
アパートの建物の一階にあり、居抜きした感がある店だ。建物は古いが、清潔感はある。

お客さんは家族連れが多い印象。子連れや中高年のご夫婦が大部分を占める。あとは仕事仲間で来たって感じの中年男性グループがちらほら。
親しい間柄でワイワイ食べている様子が見られ、定食屋のような親しみやすさがある。

私の街にも、インネパが根付いている。

何度か食べに行っているが、これはバターチキンカレーとチーズナンを食べた時の写真だ。

左:チーズナン 右:バターチキンカレー
脂質の暴力、美味い
マンゴーラッシー

街の身近なカレー屋さんとして、これからもお世話になることだろう。

『カレー移民の謎』を読んだら、近所のカレー屋さんのイメージがちょっと変わるかもしれない。

辿々しい日本語で「ナンお代わりどうですか」と聞いてくるネパール人店員に、興味が湧くかもしれない。インネパありがちなナンとカレーのセットへの愛着が増すかもしれない。

そんな本だ。

短くまとめたかったのに、長くなってしまった。

あ、最後に自慢して良いか‼️
実は私の持っている『カレー移民の謎』は著者の室橋裕和さん直筆のサイン本なのだ。フンッ!(自慢する時の鼻息)

ジャーン

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