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ほがらかおばあちゃん 虫踏みつぶす

朝の静謐とした空気は高原の避暑地で目覚めた様な清々しさを感じさせる。

歩くの大好き、でも車文化はもっと好き

ここは標高300m程度で残念ながら高原とは言い難いが、移住した当初は特に地域をよく散歩していた。

中学高校の修学旅行、大学の実習、会社の研修でも朝早めに起きて周辺を散策して遅刻して戻る事が好きだった私は、その地域の人と嫌でも関わる事、あわよくば犬っころと遊んだりできる事をよく知っていた。
散歩していると知らない人に出くわす訳だが、その様な人間はそもそも人に出くわす事を前提とした自身のトークライブを聞いてくれるオーディエンスを求めて彷徨うゾンビの如く歩き回っており、むしろ会話を嫌うコミュ障の私を優しく太陽の様な包容力と暖かさで包んでくれた。

出会う人間も様々だが、健康維持のためのご高齢者が大半を占める。

犬の散歩も多いが散歩者の半分もおらず、この地域ではほとんどが柴犬だ。
おそらく出自ルート(個人?ペットショップ?)が同じである事と、あるいは地域内で変わった犬を飼い人目につくことを避ける目的もあるかもしれない。
東京の駒沢公園の様なセレブ集うきらびやかな空間も早朝は犬の満員電車状態で常に糞尿を処理する様子も見られる特典付きだが、ここでは中山間の田園風景を悠々と歩き、少し跳ねたり尻尾をフリフリしたり、時には道端や畑に糞をしても回収されない様子を目撃できる。

それ以外にも、畑仕事を終えて朝ご飯を食べに戻るご高齢者や、猟犬を連れた金のネックレスをしている和尚や、高台からおしりを出して田園風景を見渡す仙人に出会えたりする。

おばあちゃんとの遭遇

5年前に地域を散歩していた際に、近所で6m×6mぐらいの広さの畑を眺めてたっているおばあちゃんがいた。

6月ごろだったので畑にはナスやらピーマンといった夏野菜が植えられていた様に思う。いや、記憶にはないが間違いない。地域はみな同じ時期に同じ野菜を植えるからだ。

当然初対面の方な訳だが、身長は150㎝くらいで畑仕事用の少し派手な生地の作業服を着ており、頭にはサンバイザーと手ぬぐい帽子を被っていた。

どこから来たのかと聞かれ、最近東京から引っ越してきた旨を説明する。

話しぶりは柔らかく、にこにことしながら、ゆっくりと話をする。

遠くからご家族でいらしてご苦労様
大変だったでしょうに
お野菜あげる

確信した。

めちゃくちゃ良い人だ!

森の住人は森に帰れなかった

のんびり話をしつつ、そろそろ会話も長くなってきたし帰りたい気持ちが40%くらいまで来ていたその時、あることに気が付いた。

もんぺには5cmくらいの大きさのカミキリムシが触角をピコピコさせながらくっついていた。

あんまり長く話して止まっているものだからおばあちゃんの足を止まり木と勘違いした虫を「なんだかほがらかだなぁ」と思いつつ、自然を愛する私は虫を森に返すべくおばあちゃんにその旨を伝えようとする。

私「おばあちゃん、おばあちゃん。服に虫が付いてますよ。カミキリムシかな・・」

おばあちゃん「あぁ~?」

その刹那、

バシンッ!!ダンッ!!グリグチャー!!

おばあちゃんは一瞬で足元にカミキリムシを手で払いのけた後、足で踏みつけ粉砕、そして足を左右に踏みしだきトドメを刺した。

私にはこう見えた

自然とは?

おばあちゃんは少し血圧が上がられたご様子で、その血走った目をゆっくりとこちらに向けた。

「この虫はなぁ、木に巣くってダメにしてしまうんよ・・」

聞けば特に実のなる木に喜んで卵を産み付け、幹には大きなベッドルームを作ってしまうカミキリムシはこの地域の特産品のひとつである栗を台無しにしてしまう害虫なのだと言う。

その時自分は都会というファンタジーで生きてきた事を思い知らされた。
分業の確立した都会で身の回りにある物とは、自分たちが目を背けた役回りを誰かがやってきてくれた上澄みに過ぎないのだ。

都会には虫と言っても蚊や蠅、ゴキブリといった自分の身に危害を加える害虫程度しかおらず、その土地の産業や生活そのものをダメにしてしまう虫はいない。

「生けとし生きる者、たったひとつの命をみな大切に」
という矛盾がありつつも推奨されるこういった考えも自然が身近であればあるほどリアリティを増し、その矛盾はさらに大きくなっていく。

かわいらしい牛、豚、鶏も誰かがその命を絶たなければ食べられないし、農産物を守るための人間に味方する捕食者や農薬で虫はジェノサイドされ、イノシシをはじめ、ウサギやイタチ、ハクビシンといったかわいい動物たちも畑を荒らし、自分たちの食生活を脅かす存在である。

つまり自然は生活そのものを形作る「味方」であるからこそ、
それを脅かすハッキリとした「敵」もまた存在しているのだ。

田舎にはリアルがある。


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