公任さん、赤染衛門に心を読まれる
本日の公任さんは、ライバルの斉信に位階を抜かれて拗ね、引きこもってる時期の話です。
公任さん、拗ねると引きこもっちゃうタイプなんですよね…。
今日は本編に入る前にちょっと簡単に解説から。
官位に不満のある公任さんは朝廷に辞表を出します。「やりません」という意思表示ですね。
ちなみに「辞表」の意味は現代の「辞表」とほぼ同じで、「職を辞する際に提出するもの」という意味が基本。しかし平安時代の「辞表」は、叙任されたら1回(高官は3回)は断る体で形式だけ出すのが常識だったらしい。平安時代は普段の会話からそうなのであるが、受けるつもりがあってもすぐには「はい」と言わずに、
「いやいや、私などでは無理ですよ」
と断ってからの、
「そんなこと言わずにやってほしいな。やっぱりあなたじゃないと」
と言ってもらって、
「じゃ、やりましょうかね」
となるのが様式美だったのだ。
つまり、「辞表」には、「仕事を辞める・断るときに出すもの」という意味と、「仕事を引き受けるときに出すもの」という意味の二つがあるので、古典で「辞表」と出てきたら要注意。「辞めるときに出す」しか知らないと、意味が通らないことが出てくる。
けれど、この公任さんのケースは「不満があるのでマジでやりません」という意思表示で、ちょっと特殊というか……公任さんだからこそのものかも。
そして「辞表」は中国式に書くのが正式のため、その手の学問の専門家である儒学者に代筆してもらうのが普通でした。というわけで、もちろん公任さんも儒学者に辞表の執筆を依頼したのだけど……と、言うところから。
というわけで、紀斉名(きのただな)と大江以言(おおえのもちとき)に作ってもらった辞表に不満があった公任さん。三番目に依頼された大江匡衡は前の二人がダメだったのに自分に書けるのだろうか…と、不安になるけど、妻赤染衛門のアドバイスで無事公任さんの納得する辞表が書けたのでした。
赤染衛門は、清少納言についてdisり倒していることで有名な『紫式部日記』の例の項目で一緒に紹介されているが、紫式部が長所しか書いていない。(『匡衡衛門って呼ばれてる』と書いてあるのは若干からかってるのかも知れないが……)紫式部から見ても優秀かつ、嫌な感じのない人だったんだろう。
先の二人は、お手本のような辞表は書けたけど、「クライアントが喜ぶ・求めるポイント」についてはリサーチ不足だった、みたいな感じですかね。学者さんは、伝統や正確性を重視しそうだし、あんまりそういうところには思いが至らないのかも知れない。
この話のかわいいところは、赤染衛門に考えてることバレバレの公任さんです。難題を出しているようで、蓋を開けてみれば結構単純なのだった。
公任さんの家系は、没落してしまったけれども、「先祖は宮中の要職にずっと就いてきた高貴な血筋である!」というプライドはずっと持っていたわけですね。
あと、注目ポイントは何が不満なのかは具体的に指摘しないまま、大江匡衡に依頼してるところ。いや、言えよ……と思うのだけれども、「どこがダメか言わなくても君ならわかるよね? ね?」という圧をかけてくるのが公任さんなのだ。(とんだ理不尽上司である)
まあ、でも、最終的には赤染衛門の想定通り、バッチリ喜ぶわけで。無邪気に「これこれ〜♪」とご満悦なところはいいですね。
この話は、『十訓抄』にあるのだが、原文で赤染衛門が大江匡衡に敬語を使っていないところも面白い。平安時代の説話を見ると、夫婦間の会話でも結構敬語を使っているが、この夫婦の会話には敬語が全然ない。
参考に原文の会話部分↓
時に、妻、赤染右衛門、「何ぞ」と尋ぬるに、「かかることなり。かの輩は才学優長なり。しかるを、それにまさりて書き述べんこと、きはめてありがたし」と答へければ、赤染、うち案じて、「かの人、ゆゆしく矯飾ある人なり。わが身の先祖、やんごとなき者にてありながら、沈淪の旨を書かざるか。早く、この旨を出だすへし」と言ふ。(『十訓抄』七ー九)
もちろん録音したのを聞いたわけではないから、これは十訓抄の作者が想像で書いているわけであるが、「この夫婦は仲が良いことで有名だから普段の会話に敬語は使ってないんだろうなあ」というイメージがあったんなら面白いと思う。
そして、妻のアドバイスをすぐに採用する大江匡衡も良いですね。それこそ、匡衡だって儒学者としてのプライドも知識もあるわけだけど、妻の意見を柔軟に受け入れられるところは人間力が高い。妻への信頼もあるし、人の意見に学ぶ姿勢もありますね。
というわけで無事、納得の辞表を出した公任さん。
天皇は、公任さんの気持ちを汲んで、位を一つ上げて叙任し直し、斉信と同じ従二位にしてあげたのでした。ゴネ得にも見えるけど、スポーツで言うところのリクエストやチャレンジの成功って感じ、かなと笑。
公任さんはその対応に納得して、職場復帰を果たしたのでした。
それにしても公任さん、斉信を意識しすぎである。
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