価格が変わる

価格で考え直してみよう、ビジネス(増補版)

タイトルの付け方でしょうか。それとも表紙。または本書の中身に図解や写真がほぼない不親切な点でしょうか。見た目、まったく買う気を起こさせない本書ですが、内容は面白いです。様々なビジネスモデルを分かりやすく説明してくれています。「値付け」という頭で読むと、少々困惑しますが、ビジネスを成り立たせている仕組みという視点で見ると、スッと入ってきます。

※冒頭画像は、ビッグカメラの価格がコロコロ変わるという電子名札です。価格は顧客を引き寄せる肝になるものですから、注目したい試みですね。そんな価格の世界に、本書で迫ってみましょう。画像を借用したサイトのリンクは下記に。

ラブホから始まった新しいビジネスモデル

まずはラブホテルから。ホテルは言うまでもなく宿泊施設です。ひと晩を特定の客に預けてしまうため、どうしても高価にならざるを得ません。しかし、世の中には一定の時間だけ、密室空間を利用したいというニーズもあります。これなら、価格を下げて顧客を増やすことができます。ゆえに生まれたのが時間貸しビジネスのラブホテルでした。やがて、ラブホテルは娯楽性を競うようになり、単価をジリジリと上げていきます。バブルなどの時期を過ぎてその伸びが反転すると、今度はコストを下げるために自動精算機が普及し出します。人と顔を合わせたくないというニーズもさることながら、ラブホ側にも金銭管理という面で多大なメリットがありました。その後、インバウンドブームにぶつかり、ラブホ(時間貸し)から宿泊への逆の流れが生じたりもしています。価格を基点に競争の態様が移り変わっていくのを眺めてみると面白いものです。

時間売りがビジネスになった:駐車場

そんな時間貸しのビジネスモデルを応用したのが駐車場です。やっと本書の内容です。たとえば、新宿区下落合エリアの月極駐車場は、だいだい3万円ほどです。他方、同地での時間貸しコインパーキングは1時間400円(深夜・早朝の24時~8時:100円)。土地オーナーとしてどちらが儲かるでしょうか。一台のスペースで、時間貸しは一日最大7200円。フル稼働なら一ヶ月で約15万円を儲けることができます。月極との差は大きいです。実際の稼働率は50%前後まで下がりますので、収入比較で言えば2倍くらいになります。もう少し詳細に比較してみましょう。

5台のスペースがある駐車場で、月極を80%~100%の稼働率、時間貸しを50%とした時、後者の収入が多くなります。その差は2~3倍くらいです。ところが時間貸しには設備投資が発生し、その運営を委託してしまうとマージンも支払わなければなりません。結局、それを投資利回りで表現した時、両者の利益はかなり近似してきます。万一稼働率が上がらなかった場合のリスクを含めた分だけが、時間貸しの「大きな利回り」に反映されるようになります。比較的安定している月極は逆にかなり低い利回りです。「かなり低い」にはもうひとつの意味があります。同じ土地を複数階で利用できるマンション投資に比べて、駐車場投資は基本的に1フロアのみ(もしくは低層階)。収入額は限られてしまいます。その代わり、駐車場をやめて違う用途に用いる(出口戦略を描く)ことも容易なわけで、短期かつ暫定的な用途としての駐車場はまさに最適です。バブル崩壊後に、こうした駐車場がたくさん増えてきたのは、用途を彷徨った土地の、仮宿だったのですね。

今、一番熱いビジネス:シェアリングも「時間」

この時間貸しビジネスは、近年ではシェアリングにまで進化しています。土地を提供してくれるオーナーだけではなく、自家用車を日頃停めている人の土地にまで注目が集まり始めました。従来、「時間貸し」とは、ニーズ側にのみ提供するサービスです。しかし、シェアリングは、これをリソース側にも振り向けました。空いている時間の駐車場に、「時間貸し」をお願いし始めたのです。多くの自家用車あるいはオフィスの社用車は、昼間に出払っていることが多く、駐車場は「空」状態。この土地を、時間で区切って市場取引の対象にしてしまうところが斬新でした。便利な地理的条件の駐車場が増えることで、市場は活性化します。時間貸しはシェアリングの要素も加えて、さらに広がり始めています。ラブホも、駐車場も、ビジネスの研究対象としては非常に面白い研究テーマです。

要は小分けすること:価格政策の新しい機運

さらに本書から、有名な事例をいくつか抜き出してみましょう。まず、牛丼。最近、サイズ別の多様な選択肢を設定する動きがあります。一番小さいミニ盛が登場し、特盛の上にはメガ盛まで設定されました。全部で5~6段階あるみたいです。ミニ盛は女性客を誘い、追加メニューも添えてもらって客単価を上げる方法です。メガ盛は三杯分を一回で供給できるため、オペレーションコストが下がり、その分安く提供できます。たかだかメニューを小分けにしただけですが、牛丼チェーンにはプラスに働きました。

次に、ラーメン屋の幸楽苑。格安と言われる価格帯ですが、客単価は意外に高いそうです。その秘密は、ラーメン本体の価格を安く抑えつつ、サイドメニューも安く提供したことでした。顧客はついつい色々なメニューを選んでしまいます。結局、客単価は上がるのです。同社はさらにSPA方式を採用しました。食材の一括仕入と工場生産(セントラルキッチン方式)です。これが原材料費と現場のオペレーション費を抑える要でした。

もう一例いきましょう。激安の「俺のフレンチ」。立ち食い形式で始まり、原価率の高さをPRするという異例づくしのビジネスモデルでした。価格を、一般店の6割程度に抑え、客の回転率を2倍以上にしました。客のニーズを細分化することにより、「フレンチを食べてみたかったけど価格の高さに躊躇していた」層が見事、ここにはまりました。上記三例はいずれも飲食業界ですが、価格設定を変えることで、客層を掘り起こしたり客単価を上げたりで成功した事例です。僕流の言葉で言えば、ビジネスモデルと言うより、「ビジネスピボット」を利かせて角度を変えた結果だと思います。ピボットとは回転軸を指しますが、何かを基点に全体を大きく振り直すことで、あらたな客層にアプローチする手法だと定義しています。一からビジネスを創造するのは大変ですが、みずからのビジネスを振り直すことでもまったく新しい突破口が見直せるのだと思います。

結局、値付けを考えるのは、顧客との接点を考え直すことでもあります。同じ商品を、ワンコイン(500円)で「たまには贅沢」と思わせるのか、1000円ポッキリで「お得感いっぱい」と感じさせるのか、これこそがプライシングの醍醐味です。それにともなって、商品や情報をどうパッケージし直すかを考えてみることが必要そうです。

増補版:プライシング事例

1)単品価格を下げるときには、他の「ついで」購入を促す(コンビニ)。
2)価格を維持し、流通により多くの利益を取らせる。
3)年会費を取って、人気商品に絞り、価格を下げる(コストコ)。
4)下取り価格を設定し、単価の高い商品に誘う(スーツ、スマホ)。
5)プレミア価格をつけて、「売り切れ御免」、廃棄をなくす。
6)商品提供までの時間や不便をひとつでも減らすと売上が増える。
7)機能の一部を敢えてオプションにして、目立たせる。
8)見せ筋商品を敢えて用意し、売れ筋商品を創る(松・竹・梅)。
9)商品を売った後の、オプションやアフターサービスで儲ける(車)。
10)追加販売やセット販売を促す(マクドナルド)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?