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辞めた会社を検索したら

私は今年40歳を迎えるフリーランスのライターです。

5年前まではまったく違う業界で会社員をしていて、カフェ&ライフスタイルショップの立ち上げなどしていました。

その会社を辞めた理由はいろいろあって、たとえば深夜までつづく長時間労働、たとえば上司からの無茶ぶりの多さ、あとはシンプルに給料が安すぎるとか、そういったいろいろ。

フリーランスに転向してからは新しい仕事を軌道に乗せるのに精いっぱいで、前の仕事の苦労はすっかり忘れていい思い出となっていたのだけれど、先日、ついうっかりその会社をネットで検索してしたことで忘れていたあれこれを思い出したりしてもやもや….。

数日たっても心が晴れないので、供養としてここに記しておくことにしました。

私が立ち上げに携わっていたカフェ&ライフスタイルショップ(仮にRとしましょう)は、あるデザイン会社が新規事業として立ち上げたもので、当時、社内にはお店の開業について専門知識のあるスタッフは一人もいませんでした。

私がどんなポジションだったかというと、開業準備室のPM(プロジェクトマネージャー)という感じだったのですが、実際はそんな肩書があったわけでもなく何でもやるマンでした。

なんせゼロからスタートのプロジェクトなので、チームもまずはオーナーと上司と私だけ。役割分担なんてあったもんじゃないのです。そもそも私だって事務方出身で、PMの経験さえありませんでした。

社内スタッフのアサイン、ブランドコンセプトの作成、事業計画、外部コンサルのアテンド、スタッフの募集、仕入れ先の確保等々、開業準備でやることはいくらでもあって、カフェで使うコップ一個、ショップに飾る植木一鉢に至るまですべて面倒を見なければいけなかったのです。

大変な苦労をして開業に至りましたが、オープン直前に私は別の地域に移動になり、結局オープニングにも立ち会うことができませんでした。

後に見せてもらったオープニングパーティーの映像では、プロジェクトリーダーだった上司やオーナー、外部のコンサルタントたちが華々しくメディア対応をしていました。なんでもやるマンだった私のことなど、誰も話題に出さないし思い出されもしないまま。

そして今、 R は店舗を拡大していました。どうやら売り上げもかなり好調のようで、ネットを漁ると華やかなイベントのレポートやインフルエンサーの投稿が次々と出てきました。

「華やかなところを全部持っていかれた」
「あんなに私は苦労したのに」

そんな重たく濁った気持ちがずっと心の奥にあったのを、ネット検索したことで思い出してしまったのです。

少し前に知人が「最近、Rの社長と仕事してるけど業績めっちゃいいしノリノリだよ!くまきちさんも辞めなきゃよかったのに~」と話していたことまで思い出されました。

(もしかして、逃した魚は大きかった…?)

そう、思ってしまった。

思ってしまったんです。退職して5年もたって、いまさら!

自分の粘着質な恨みがましさにあっけにとられるとともに、「もしあの時辞めずにいたら今頃はうまい汁を吸えてたんじゃないか」と考えた自分の浅ましさに愕然としました。

縁の下の力持ちとはよく言ったもので、舞台に上がることのない人々が日々こなしつづける名前のないあまたの仕事があります。

当時、大学を卒業したばかりの若いスタッフに「くまきちさんの仕事って、雑用みたいなの多いですよね。それって履歴書になんて書くんですか?」と無邪気に問われたのを思い出しました。

そのスタッフはデザイナーで、その店のインテリアデザインに携わっていました。若く、優秀で、一生懸命。
いっぽう私は大した学歴もなく、手に職もなく、転職を繰り返した末にその会社にたどり着いたわけで、正直、その子の姿はまぶしくって目がつぶれそうでした。

「履歴書になんて書くんですか?」という問いには、どう答えたのかしら。どうだろうねー、なんてあいまいに笑ってごまかしたような気がします。

形が残る仕事と、そうではない仕事。どちらも貴賤はないはずなのに、インスタに「デザインしました」とアップできるその子の仕事がうらやましくて仕方なかった。

結局、自分の仕事を雑用だと、しょうもないと思っていたのは誰より私自身で、「本当はもっと能力があるのに」と自己評価ばかり高くて、そのせいで不満ばかりたまっていったのです。

もしも私があの頃、会社を辞めずにいたって、今のようにブランドを成長させられたかどうかわからない。あとから振り返って「逃した魚は大きかったかも」なんて、ダサすぎる。

過去の仕事に心かき乱されるくらいなら、今、目の前の仕事を誇れるように努力するほうがずっといい。

そして大きくなったあのブランドを「すごいね!」ってほめてあげるんだ。
めちゃくちゃ大変で愚痴ばっかり言っていたけど、本当は大好きな仕事で、大好きなお店だったから。


Photo by nia_chinさん
すてきなイラストにもやもやした気持ちが癒されました。


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