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【ソロデビュー20周年】KREVAが目指してきたヒップホップとは

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2024年6月18日にKREVAはソロデビュー20周年を迎えた。

KREVAは90年代中盤からラッパーとしてのキャリアをスタートし、日本においてヒップホップやラップを広く大衆に親しまれるまで引き上げることに大きく貢献したラッパーの一人である。

これまでのキャリアを振り返ると、B-BOY PARK MCバトル3連覇、KICK THE CAN CREWでの紅白出場、ソロラッパーとして初のアルバムオリコン1位獲得と武道館公演の成功、さらには、さいたまスーパーアリーナを始めとするアリーナ級のワンマンライブも成功している。
またソロラッパーでありながら、日本最大の野外ロック・フェスティバル「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」のトリも務めており、日本で最も成功したラッパーの一人であることは間違いない。

しかし、ヒップホップシーンのど真ん中にいないこともあってか、ヒップホップの文脈では語られることが少なく、独自のスタイルを構築しているため、一見分かりやすそうで実は分かりにくいアーティストでもある。
今日はそのKREVAが目指してきたヒップホップについて紐解いていこうと思う。

本題に入る前に、KREVAと私の関係について少し話させて欲しい。僕にとってKREVAは全てのルーツである。

ヒップホップに出会ったのもKICK THE CAN CREWを通じてであり、音楽の感性はもちろん、物事の価値観や考え方など、人格形成にまで大きな影響を受けているアーティスト。全てのCDやDVDを所持し、ライブは30回以上観ており、ファンクラブにも発足時から加入していて、ほぼ毎日KREVAの音楽を聴いているという、自他共に認める筋金入りのKREVAファンである。

ファンの目線は入りつつも、ヒップホップを20年近く聴いてきたので、客観的な視点も交えながらKREVAの目指してきたヒップホップを解説していきたい。

1:韻にこだわったラップスタイル

まず、KREVAのラップを語る際に外せないのが「韻(Rhyme)」である。
この「韻」を踏むことがラップの最低条件とし、分かりやすく格好良いラップをマス層に届けること、これがKREVAがソロデビュー以来ずっと続けてきたことだ。

さらに、ラップが分からない層には、ラップの構造を丁寧に伝えてまず「土俵」に乗せる。そして、最終的には自分のラップが一番格好良いと思ってもらう。これが一貫したKREVAのスタイルである。

日本にヒップホップやラップを浸透させたいという気持ちもあるとは思うが、本質的には自分の音楽を聴いてもらうためにラップを「啓蒙」してきた。事実、KREVAをきっかけにラップを知ったという人は多いはずだ。

1-1:90年代の日本語ラップの影響

この韻に拘ったラップスタイルは、90年代日本語ラップの代表作でもあるRHYMESTER「EGOTOPIA」キングギドラ「空からの力」の影響が強いと語っている。

特にキングギドラ「空からの力」は”日本語のラップが完成した作品”として語られ、KREVAもこの作品で韻を踏むことを学んだようだ。

さらに、KREVAはそこから長い韻を踏むことに拘っていった。単語ひとつだけではなく、同音異義語や日本語と英語の組み合わせなどを駆使して小節のほとんどを韻を踏み、他のラッパーと違いを見せつけていくスタイルだ。現在、同系統のスタイルでシーンの中心にいるのがZORNである。コラボは必然だったとも言える。

1-2:KREVA流の「エデュテイメント」

KREVAは、2023年に客演したOZROSAURUS「Players' Player」のようなヘッズも唸るようなスキルを全面に出したボースティングもするが、注目したいのがラップを全く知らない人や、もっと言えば子供にも分かりやすい「目線を合わせた」ラップもできる点である。
今までの楽曲の中では「あかさたなはまやらわをん」「47都道府県ラップ」がこれに該当する。

お風呂場にあった子供が都道府県を覚えるおもちゃから発想を得たこの「47都道府県ラップ」は都道府県名に対して、長い韻を踏みながら都道府県を説明している曲である。

普段からラップを聴いている人からすると何をやっているのかと感じるかもしれないが、韻を使った言葉遊びが楽しいこと、そして長い韻を踏みながらでも普遍的な言葉を使えば誰にでも分かりやすく説明ができることを暗に伝えている。

これは「エデュテイメント」と呼ばれるもので、エデュケイション(教育)とエンターテイメント(娯楽)を組み合わせた造語。
つまり娯楽の中で聴衆を啓蒙、教育することである。KREVAはこの手法を20年間、ライブやテレビなどで事あるごとに披露しており、特徴的な活動の一つとなっている。

この20年間の活動では、自身が主催するフェス「908 FESTIVAL」でコント風でライミングを教えるライミング予備校、2007年と2014年に実施した完全1人武道館公演*1や、2018年の完全1人ツアー2018+1、そして先日盟友小林賢太郎氏と行ったKREVA CLASS - 新しいラップの教室 -がこれに該当する。

KREVA CLASS - 新しいラップの教室 -の様子

ヒップホップやラップというものが全く認知されていなかったこの日本でこのエデュテイメントを活用して、ラップを知らない層にも丁寧に説明し、自分の音楽を届けて独自のファンベースを構築してきた。

KREVAのスタンスがよく分かる「無煙狼煙」のリリックを紹介する。彼は今もなお、自らが啓蒙し、ファンを取り込んでいる最中である。

花が先か種が先かそれも同じかんがえてもらおうか誰かさんに
俺は自ら種まいて刈り取り育てる荒れた大地

KREVA「無煙狼煙」より

*1:完全1人公演:バックにDJやバンドを設けずに一人きりでライブをするというもの。2枚使いしながらラップしてメドレーを披露したり、肉に例えてビートの作り方を指南したり、曲作りやライブの裏側も全て曝け出すライブになっている

2:言葉を漉して前向きなメッセージリスナーのリアルに届ける

KREVAのラップのもう一つの大きな特徴は、普遍的かつ前向きな言葉を多く使っていることである。誰にでも理解しやすく共感できるストレートなメッセージが多い。
この言葉選びに関しては「ラップのことば2」という書籍でKREVA自身がこう語っている。

言葉を研ぎすますっていう感じです。たとえば「今飲んでいるコーヒーが」っていう歌詞があるとする。それを1回漉すって言うのかな。漉す作業をすると、コーヒーは飲み物だと思うんですよ。「飲み物」にしたら間口が広がるじゃないですか。

ラップのことば2より

一般的にラップは、この「漉す」作業をせず、そのままの思いを表現したり、比喩表現を多用し、難解な歌詞も多い。ある意味、ヒップホップの価値観とは真逆である。なぜ、KREVAがこの表現を突き詰めていくことに至ったのか。そこには盟友である小林賢太郎氏の影響がある。

BARKS KREVA、『小林賢太郎テレビ』でコントとラップの融合に挑戦 より

(小林)賢太郎さんが雑誌のインタヴューで言ってたんですけど、リアリティーに手を伸ばさないで、すごくリアルなことをやってあげると、むしろみんなのリアリティーに訴えかけれると。
「ここはコンビニなんですよ」と限定しちゃうよりも、みんなの想像力に訴えた方が、よりみんなの中のリアルを引き出すから、コンビニのコントを忠実にやってれば、自分の真っ白な服が青白の縦縞に見える人もいれば淡いピンクにえんじの切り返しに見えてくる人もいるという話をしていて、なるほどなと思って。

ラップのことば2より

自分が伝えたいことを掘り下げて言葉にし、その言葉を漉した上でリスナーの心に直接届ける。心に届いたリスナーは、KREVAの言葉から自分の状況と照らし合わせながら考え、想像し、自分の中の「リアル」を見つける。

こうした言葉選びは、2010年にリリースした「OASYS」以降、顕著に表れている。特に「OASYS」に収録されている「かも」という曲の歌詞を見てほしい。

このままこうしていられるなら他に何もいらない
そんな風に思えてしまったなら終わりが近いのかも
あの時本気で挑んていたら今こんなとこに居ない
そんな話あなたの口から聞きたくないのかも

この曲は、現状に満足せず向上心を持って未来に向かって挑戦していくことを歌ったである。

例えば、この曲には"このまま""あの時"といった時期を限定する表現が使われている。僕のリアルでは、リリース当時は就職活動をしていたため、就活のことを歌っているように聞こえた。
しかし、数年経った今では、仕事での困難への取り組み、やりたいことへの挑戦への後押しとしても聞こえてくる。

つまり、KREVAの言葉選びには、表現を限定することにより、リスナーの状況によって解釈が変わる「余白」があるのである。

この言葉選びは、リアルを突き詰めて音楽を通じてリスナーとのコミュニケーションをしたいという意識に加え、流行り廃りが激しいヒップホップというジャンルで一過性にならず、末永く聴いてもらいたいという思いが強いからではないだろうか。

今のヒップホップの主流は、地元や仲間、周りの環境など属人的なストーリーをそのまま、もしくは誇張して虚像を作るように表現し、リスナーがそこに興味や憧れを抱いて引き込まれるパターンが多い。

KREVA自身がストーリーがあるラッパーではないのもあるが、その流れには乗らず今のシーンとは全く違う立ち位置を取り続けており、独自のオリジナリティを追求している。

ちなみに、ZORNやOZROSAURUSへの客演曲では、この「言葉を漉す」傾向は見られない。恐らく、その客演先のアーティストのリスナー層に合わせて言葉を選んでいるのだろう。

3:太いドラムにメロディアスなビート

KREVAはラップだけではなく、DJ、ビートメイク、楽曲のプロデュースも行っていることはご存じだろうか。
MCバトルがの影響もありラッパーとしての側面のみを語られがちだが、KREVAの「本業」はトラックメイク(ビートメイク)だとインタビューで答えている。

KREVAさんはヒップホップ、作詞家、DJと幅広く活躍されていますが、「本業」は何かというとどうなりますか。
KREVA:トラックメイクじゃないですかねえ。

PLAZA INTERVIEW vol.023「音楽創造に必要なのは瞬間的な判断力」より(2010.5.18)
ZORNのノートに対し、KREVAはMASCHINEという機材を叩いてビートメイカーだということをアピールしている(クラフトfeat.ZORNのMVより)

事実として、彼はソロアルバムを9枚、グループで8枚*1、合計17枚ものアルバムをリリースしているが、そのほぼ全てをKREVAがプロデュースしている。これが意外と知られていない。

KREVAのビートは音数が少なく、シンプルな作りのものが多い。90年代のUSヒップホップに代表される太いドラムを残しつつ、日本人のエッセンスを加えたメロディアスなビートが特徴であり、最大の魅力である。

「太いドラム」とは、低音が効いた太いキックとアタックの強いスネアが強調されたビートのことである。KREVAはインタビューでも「ドラムさえカッコ良けりゃいいだろう」と話しており、ドラムに対する拘りが強く、わざと強調する場面も見られる。

このドラムを強調する音の鳴りは、KREVAが影響を受けた作品の一つであるA Tribe Called Questの「The Love Movement」をプロデュースしたThe Ummah*2の影響が強く、今もそのスタイルを続けている。

特にスネア。あのパカッと抜ける感じ。俺はあのスネアに受けた衝撃がデカい。なんでこんなに抜けがいい音してるんだろってのが不思議だった。

BeatMakerz File Vol.2 KREVA|最終的に「ドラムさえカッコ良けりゃいいだろう」と思ってる より

「メロディアス」というのは、日本人好みの甘美な雰囲気のビートを作るのが得意としている。
KICK THE CAN CREW時代から、どこか情緒を感じさせ、ヒップホップに馴染みがなくJ-POPをメインに聴く層も取り込める音が揃っている。

これはKREVA自身が歌謡曲を聴いて育ったことと向き合い、その影響をそのまま打ち出していることに起因している。
特に、坂本龍一の「Merry Christmas Mr. Lawrence」久石譲の「風のとおり道」の影響が強いとインタビュー等で語っている。どちらも打ち込みで作られており、その世界観は共通点を感じさせる。

90sヒップホップから影響を受けたヒップホップの原始的な部分を「わざと」残しつつ、歌謡曲から影響を受けた感性を全面に打ち出し、他にはない作家性が強いビートがKREVAのビートである。

*1:KICK THE CAN CREWで6枚、BY PHAR THE DOPESTで2枚
*2:The Ummah:A Tribe Called QuestのメンバーであるQ-TipとAli Shaheed Muhammad、およびデトロイトを拠点とするグループSlum Villageの故Jay Dee(J Dillaとしても知られる)で構成された音楽制作集団

4:KREVAが目指した普遍的で記名性のあるヒップホップ

歌っている奴は自分のことばかり歌っているのに、例えばリスナーが郊外のイオンモールに車で向かってる最中に曲がかかって、駐車場に着いた瞬間、キーッと車を停めて「これ、絶対に俺のことを歌った歌だ!」「これ、私のことを歌ってる」って思ってしまうような。そういう記名性と普遍性を兼ね備えた歌が、もっとも痛快なヒップホップだと俺は思うんですよ。

KREVA「嘘と煩悩」インタビュー (2017.2.1)

どこで聴いてもKREVAだと分かるラップとビート、誰がが聴いても自分のことを歌っていると思えるような普遍的かつ研ぎ澄まされたメッセージの組み合わせがKREVAの目指してきた記名性と普遍性を兼ね備えたヒップホップである。

過去には「ポップラッパー」や「セルアウト*1」などと揶揄されたり、「ヒップホップではない」など言われることもあった。しかし、それは一部分を切り取って語ってるだけに過ぎない。深く見ていくと根底にはヒップホップに対する強いこだわりがある。

そのヒップホップを追求し続け、オリジナルのスタイルを確立し、一過性にならないような音楽を20年間作り続けている。
だから「いつも流行ってるいつも変わらない」のである。

*1:セルアウト:大衆にウケるような楽曲を作って、ビジネス目的で売り出すことを揶揄する言葉。ヒップホップが大きくなった現在ではほぼ使われていない

4-1:KREVAのヒップホップの集大成「Expert」

どこに向かうかなんてのは後でわかるから進め
どんな道も自分で選び行こう
調子悪い日もあるがネバり抜こう
一人は時にさみしいけど
そんな自分も愛してよ
物悲しい日もただ信じろ
新しい日の力に変わるまで

最新曲である「Expert」は、KREVAがやってきたヒップホップの集大成を感じることができる楽曲である。

シンプルでメロディアスなビートに普遍的なメッセージを組み合わせ、年齢や性別や生活環境を問わず聴いた人の心に届き、背中を押すような曲となっている。

YouTubeのコメント欄を見れると「転職」「育休からの復帰」「子供の悩み」「鬱」など、解釈が様々でその人の「リアル」を引き出せているかは一目瞭然である。ぜひ聴いてみてほしい。

プレイリスト

参考

WEB

書籍

KREVAファンクラブ会報誌 KFC TIMES Vol.1〜20

動画

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