モノ・ヒト・オト——「消しゴム」シリーズの音世界
チェルフィッチュ×金氏徹平が人とモノと空間と時間の新しい関係性を提示することを試みて取り組んできた『消しゴム畑』。その新作が10月3日(土)からロームシアター京都内の広場「ローム・スクエア」で展示されている。俳優が自身の生活空間(=部屋)でモノとの新たな関係を探る”日常空間版”『消しゴム畑』では、その独特な音響が話題を呼んだ。「消しゴム」シリーズの「音」はどのようにつくられているのか。音響を手がける中原楽に話を聞いた。
▼『消しゴム畑』の音響空間
中原 『消しゴム畑』では、俳優やスタッフの部屋によって通信環境が全く異なるというところを逆に利用するようなかたちであのサウンドができあがっていきました。それぞれの置かれている環境や条件がバラバラな状態で作品の音質をよくしようと思うと大変な作業になる。でも、『消しゴム畑』はそれぞれの部屋での営みを見せるものだったので、音質にこだわる必要はそもそもないのではないかということになったんです。
作品のテーマとして人間中心主義からの離脱ということもあるので、我々が想定できないような音がとれるということ自体が作品にとって意味のあることだし面白い。それで、俳優の部屋の音はBluetoothのイヤフォンやヘッドフォンに付属しているマイクが拾っているんですけど、それだと音が綺麗に拾えないというのを利用しました。Zoomの機能としてノイズがカットされるようになっているとか、話している人に音がフォーカスするようになっているとか、そういうフィルターの機能も利用しています。
そういういろいろなものの合わせ技でああいう音になっていて、誰の音をオンオフするというのはその場その場でこの人から面白い音がしそうだというのをピックアップして選んでいるものの、どういう音が取れるかはそのときまで全然わからないんです。全部偶然性を使っている。
—— 『消しゴム畑』では洗濯機や炊飯器、ヤカンとそれらの音が大きな存在感を発していました。
中原 あのアイテムは音から選んだものなんです。持続音が欲しかったということもあって、何がいいかと考えたときにああいうセレクトになっていった。ヤカンがいつカタカタ鳴り出すかも洗濯機がどういうタイミングで回るかも我々には予想できない。そういうところを狙ってのチョイスでした。
—— 中原さんは俳優それぞれの部屋や洗濯機など全部の音が聞こえている状態で音響のオペレーションをしている?
中原 はい。Zoomを4つ立ち上げて、全員の音を聞きながら、次はこの人とこの人をオンにしますみたいことを、裏でLINE通話しながらやっています。
—— 『消しゴム畑』は第8回までが配信されていますが、続けていくなかで変化はありましたか。
中原 途中からテキストが入ったというのが一番大きな変化ですね。言葉って理解できるものじゃないですか。あの何だかよくわからない音が鳴っているなかにいきなり言葉が入ってくるという変化はすごく大きかったです。異物ですよね。音は目には見えないものなんで、人は頭の中で勝手にいろいろ想像してると思うんです。それが言葉があることであの音ってこの音だったのかみたいなイメージがしやすくなった。それが全然でたらめな場合ももちろんあるわけなんですけど、全然関係のない音が、それに聞こえちゃったみたいなことはいっぱいあって、でもそれがすごくいいなと思ってました。
—— ロームシアターでの展示の第一弾(8月29日〜)では室内ではなく屋外環境で観客は映像を見るかたちになりました。
中原 そのことは意識していました。私は現地に下見に行けなかったので状況を口頭で聞いたんですけど、セミの声がすごいと聞いたんです。そういう場所に溶け込む音にしようとプランをつくりました。
どこから音が鳴っているのかちょっとわからないなみたいな状況をつくりたかったので、展示のパネルに振動スピーカーという、モノを振動させて音を拡張するスピーカーを取り付けて、パネル自体を鳴らすかたちにしました。普通のスピーカーを置いちゃうと、音が前に主張してくるじゃないですか。そこから鳴ってるなっていう。そうはしたくなかった。画面の中、向こう側の音を意識して、前に音を出すというよりは奥行きをつくるイメージで振動スピーカーを設置しました。
オンライン版でも鳴っていた部屋の中でガサゴソしている音は今回もパネルからずっと鳴ってるんですけど、でも一見するとスピーカーから鳴っていることはわからないので、パネルの裏に人が入っててもおかしくない。そういう気配を感じるようにしたという感じです。配信の感じをそのまま再現しつつ、画面の外の空間に消しゴムの世界を持ってきた感じというか。
一方で、展示版でもテキストを使っているので、それは異物として自己主張をしてほしくて、パネルの上方にトランペットスピーカーを取り付けてそこから声を流す形にしました。音量はそれほど大きくないんですけど、脳内に直接語りかけるようなイメージで。『消しゴム山』や『消しゴム森』のある場面ともつながるようなかたちになっています。
▼モノラルの音の集合として
中原はこれまでも東京都現代美術館で上演された岡田利規×SOCCERBOY『ポストラップ』やベネッセハウス ミュージアムで上演された岡田利規×森山未來パフォーマンスプロジェクト『in a silent way』など、非劇場空間での上演で岡田と協働し音響空間を立ち上げてきた。中原の特異な音響プランはどのように生み出されてきたのだろうか。
中原 大学を出て、スピーカーを作っているメーカーに就職しました。そこは多面体のスピーカーとかも作っているところで、様々な種類のスピーカーを複数使うという選択肢が当たり前にあるというところから、私はPAをスタートしているんです。その場所にすでにある機材をどう使うか考えるのではなくて、スピーカーや機材の選定をゼロからプランニングしていくのが私の基本のやり方です。自分の特色として、音をステレオのLRで考えないということがあります。モノラルの音が集合しているということをいつも意識してやってるんです。だからだいたいスピーカーをいっぱい使ってる。本当に常に空間に対するスピーカーの配置から音作りを考えているので、音の中身というよりスピーカーのプランニングから作っていくということをしてます。それはもしかしてちょっと珍しいかもしれない。
音楽の仕事が多かったんですけど、音楽に興味があるかっていうとそうでもない。演劇や美術にも興味がなくて。単純に音に興味があるだけなんだってことに最近気づいたんですけど。
—— 中原さんのそのような音作りへの姿勢は非劇場空間での上演で活きているように思います。
中原 私は空間の悪条件と戦わないことにしてるんです。共存するにはどうしたらいいかを考える。出したい音を実現するためのプランではなくて、その空間で聞ける音というのはどういう音なのかということを常に意識しています。
私にとって『消しゴム山』のように劇場の機材ありきで音響のプランをすることはごく稀です。今までは自分がプランしたスピーカーを持ち込んでやることの方が多かったので、劇場のモノは使わないことも多々あり。今回は海外ツアーもあったので、いかにどこにある機材でもできるプランにするかを考えるというのは私にとっては新しいことでした。
▼山から森、そして畑へ
「消しゴム」シリーズでは一貫して中原が音響プランを手がけてきた。『消しゴム山』から『消しゴム森』へ、そして日常空間版の『消しゴム畑』からロームシアター京都での屋外展示へと「消しゴム」シリーズが展開していくなかで、その音響空間はどのように変化していったのか。
中原 『消しゴム山』の音響を担当することになったときに、モノと人との関係を考えながら音響をプランするというのがどういうことなのかということに悩みました。それで、人がちょっと嫌だなと思うような音も出してみようというところからはじめてみたんです。
『消しゴム山』の冒頭シーンでは、人がハンドマイクでしゃべっているところで、モノの音がずっとしているんです。コンクリートミキサーが回っていたり、プロジェクターの電磁波のノイズが聞こえたり。いつものPAで考えるとそれはノイズでしかないんだけど、モノと人が対等だと考えたときに、それがノイズだというのは人の立場でしかない。それで、冒頭はモノのノイズと人の声がだいたい同レベルで流れるという音響プランになりました。
そうすると帰っちゃうお客さんもけっこういて。絶対、音のせいだなと。逆にノイズミュージックが好きでそういうのが気持ちいいっていう人もいたんですけど。「めちゃくちゃかっこいい!」みたいな(笑) でもそうじゃない人からするとやっぱりうるさいんですよ。もちろんそのうるさいところと耐えられるところのギリギリを狙ってPAはしてるんですけど。もう本当にノイズと声がピタッと平面的に飛んでくるので、セリフはちゃんと聞こえるんですけどそれでも帰っちゃうお客さんはいました。今回に関しては、コンセプトを優先して、本当に人中心ではないことをしていたというのが冒頭の音響です。
中盤では一転して、ある意味演劇的というか、奥行きのある音をつくりました。舞台上のモノを動かすときに音がガサゴソ鳴るように手にピンマイクをはめたりして、舞台上にあるモノの音をお客さんに意識させるということをやっています。ある意味では『消しゴム畑』の音響とも同じようなことをしてるわけです。舞台上にもめちゃくちゃたくさんマイクを仕込んで、人の足音もそうだし、モノの動く音もそうだし、そこにある空間全部の音を拾って膨張させるイメージ。
終盤は本当にもう「消しゴムの世界」に置いていかれる感じですね。舞台の向こうで起こっていることを傍観してしまうような音にしていて。PAはしてるんですけど、ほぼ生に聞こえる音にしていて、お客さんは「向こう」で起こっていることをただ見つめるという。距離が感じられる音にしました。『消しゴム山』では各シーンで全く違う音響空間を立ち上げるということをやっていたんです。
逆に『消しゴム森』はすごくシンプル。『消しゴム山』もステージ上にお客さんが入れればコンセプトが伝わりやすいと思うんですけど、『消しゴム森』ではその空間にお客さんが入り込むみたいな感覚があった。その中にいるんだからもうその場所にある音をあまり強調する必要がない。展示室自体が響きが豊かな空間だったので、お客さんがその中にいるという感覚がきちんと生じる音響を意識しました。
でも、大きな展示室で俳優がモノを動かす場面では腕にピンマイクをつけました。岡田さんも言ってたんですけど、音によってスポットライトを作るみたいなイメージで。誰かが触ったところの音が拡声されることによって、広い空間の中でそこに一気に焦点があたるみたいなことを起きる。そういうスパイス的なことを『消しゴム森』に関してはやっていました。
—— ロームシアター京都の『消しゴム畑』展示第二弾はまた変わってくる?
中原 第一弾では空間に溶け込む音を意識してつくったんですけど、第二弾はもうちょっと違和感がほしいなと思っています。一見すると何の変哲もないんだけど、よく聞いてたらどういうことだろうと思うような音を入れ込んでいくということを考えています。
たとえば駅で電車を待ってるときに鳥のさえずりがスピーカーから聞こえてきたりするじゃないですか。デパートでも自然の音が流れてたり。そういう、その場所にあるはずのない音を自然に流すみたいなことをやろうと思っています。
展示としては、小さなガラスの温室の中に俳優とモノそれぞれが映るモニターが並ぶ感じになるんです。第一弾とは全く違うかたちで。ガラスの温室って聞いて、水のイメージが切っても切り離せないなと思ったんですね。それでたとえばシャワーの音とか、トイレの音とかをずっと流そうかなと。トイレで音を流す音姫って機械がありますよね。あれとかもこれ必要かな、謎だなあといつも思っていて。気遣いなんでしょうけど。そういう「音の気遣い」は人間中心なのか人間中心じゃないのか。人間中心なようなそうじゃないような。そういうのが面白いなと思っています。
取材・構成:山﨑健太