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小説 カフェインpart6

革命家はアディダスを着る
                        池田 千穂
 
キューバの革命家、前議長カストロ氏が九十歳で逝ったのを知る直前、僕はミカとマックでだべっていた。
ジーンズのポケットの中で震える赤いスマートフォンに気をとられ、持っていたコーヒーの紙コップを落としそうになる。
ニュースの写真のカストロ氏の痩せた顔と鮮やかなスカイブルーのアディダス社の三本線ジャージが対照的だった。
僕が数あるスポーツメーカーの中でもアディダスだけを信じていることは友人の間では有名だ。今日も紺色の背中に金のアディダスのマークが入ったウィンドブレイカーを着こんでいる。最近8㎏の減量に成功したせいで今年の冬は寒くて仕方がないのだ。
「何?メール?」とミカが尋ねる。
「いや、別にニュースが届いただけ。」僕はそう答え、コーヒーを飲み干した。
 僕は奇妙な男にストーカー行為を受け、警察に被害届を出した晩に余計な雄から身を護るべくなべシャツを着て、Fカップあった胸をダイエットでへこませて、髪もベリーショートにしたのだ。
一人称を僕に変えた時、周りはやりすぎだと止めたが、僕は意に介さなかった。外面も内面もすっかり少年のようになった。
僕はダンサーをしている。
僕は踊る、町でもフェスでもクラブでも。汗が周りに飛び散ってシャツはびっしょり濡れていく。ただし踊ったとして誰からも一銭も貰ってはいないので、職業と言っていいのかは微妙である。
踊ることは僕にとって祈りの代わりで、世界平和を願っている。道端でもヘッドホンで自分の好む音楽に導かれるとおりに踊る。人は僕を奇異の目で見るが、嗤いたきゃ笑えよ。路上で何をしようが法を守っていれば僕の勝手だろ。この世の中を変えたい、もっと獣みたいに開放されたい。
僕が熱弁をふるえばふるうほど、仲間たちは笑うけども。
でもカストロだってアディダスを着ていたじゃないか。アディダス好きに悪いやつはいない。これからも僕はスタンスミスをきゅっとこすらせて滅茶苦茶に奔放な踊りを披露することだろう。
 僕はフール、笑いで革命を起こしたい。今はまだ白い目で見続けられてもかまいやしない。
 渋谷の駅前でへんてこな踊りを踊る僕を見かけたら、声をかけてほしいのだ。そしてその人も身に着けているはずのア煙草をディダスのロゴを見せて言ってほしい。
「僕も志士ですよ。」と。
そうしたら、僕はやっと動きをとめて、笑顔を見せることだろう。そんな出会いを真に求めているのだ、ロマンティックだろ?
ミカは目を丸くして最後まで聞いていたが、
「いたらいいわね、そんな人。」と唇の端を震わせて、相槌を打った。
 
 
よく踊ってたカフェイン。この小説のモデルはカフェイン本人。
自分、渋谷の交差点でも余裕で踊っちゃうんすよ。ただの変人ですよね。

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