掌編小説 岐阜とベルちゃん

何回も失敗し、やっと召喚した悪魔ベルゼブブは薄黄色の体に真っ赤な複眼を持っていた。

晶子は想像していたのとは違うタイプの悪魔が現れたことに少し驚いたが、悪魔界にも都合があるのかもしれないと折角召喚したベルゼブブもどきを肯定的に見ようとした。

(これはアルビノ種なのかもしれない、悪魔のアルビノっているのかな。)

じっと体を見つめられていることに気付いたベルゼブブは「何見とんのじゃ。そこの女子。」と言った。声は甲高いしなんだかなまりもあるし、ひょっとしたらとんでもない悪魔の雑魚が送られてきたのかなと自分はやはり能力がないのだとがっかりした。
この日のために死ぬ気でラテン語を独学で勉強し、悪魔との契約に臨んだのに。
晶子は18歳、高校を卒業したばかりだ。義理の父親に虐げられて育ち、母親はそれを目にしても助けてくれなかった。それからというもの笑えなくなり、学校でも浮いた存在になっていった。小・中・高と、友達もおらず孤独に過ごしていた。
そんなおり澁澤龍彦の本を読んで、黒魔術に興味を持った晶子は実際に悪魔を呼び出してみたいと思い必死で研究した。そしてついに現れたのは、馬鹿でかい白っぽい蝿だった。

晶子の冴えない表情をその複眼でしっかりと捕えたベルゼブブは「わしはキイロショウジョウバエそっくりやから、こういう見た目だけど普通のベルゼブブと何も変わらんよ。」と言った。「それにこの赤い眼がチャーミングやろ。」ととぼけた。

確かに普通の蠅よりもこのベルゼブブはかわいらしいカラーリングだし、これから一生を共にする相手として威圧感たっぷりに「吾輩はベルゼブブ、悪魔の王である。」とか重低音で言われ続けるよりも、このキュートなベルゼブブの方がなんぼかましである。

「ではでは契約するで、ええか。」

「はい、お願いします。」

「甲は乙と、」

「ん?」

「ここは日本やろ、日本式の方が安心やないか?」

「そういえば、ずっと日本語を話してますけど、ベルゼブブさんは。」

「世界中何処で召喚されるかわからんから、語学は堪能よ。」

「ラテン語オンリーじゃないんですか?その為に私は血のにじむ思いで勉強したんです。」

「ラテン語は今やスタンダードではないな、やっぱり英語の方が世界中で話されておるから。」

「え、英語?嘘でしょう?」

「まぁでもな、わしぐらいのクラスになるとやっぱりラテン語女子に萌えるわけや。」

「私のラテン語の呼びかけを聞いていたのですか?」

「なかなか今時聖職者以外でラテン語をかましてくる奴はおらんからな、新鮮やったよ。」

「聞いていたのに無視していたんですか?」

「シカトしてどんだけ食いついてくるか、そのガッツが見たかったんや。」

「根性ですかね。」

「そうや、人間最後には精神力がものを言うんじゃ。」

「はぁ、」

「お前は合格したんや、コングラッチュレーション!」

薄黄色のベルゼブブは後ろ手に隠していたクラッカーを取り出し、晶子に向けて豪快に糸を引いた、パンと軽い音がしてしょぼい中身が露呈するとベルゼブブは「なんや、くす玉の方がええと最初は思ったんやけど。」とぽりぽり頭を掻いた。

晶子はこころから笑った、彼女が笑うことはほとんどなかったのに。

「さて、お前に名前を授けよう。」

さっきまでとは打って変わった厳かな雰囲気に呑まれ、彼女は背筋を正した。

「よし、お前は今日からGiftedじゃ。」

「ギフテッド?」

「ギフテッドは神にあたられた素晴らしい能力という意味や。」

Gifted、と地面に書きながらベルゼブブは伝えた。

「お前には潜在的な能力がある、自分でも未だきづいてはおらんやろうけど。その力をわしがフルにしてやろうと思う。わしは神ではなく悪魔や、神に与えられた素晴らしい能力を悪魔がつこうたろと思ってな、笑えるやろ。これほどの皮肉はないわ。」からからと笑うベルゼブブを見て自分の能力とは何だろうかと晶子は考えていた。

「お前、棒手裏剣投げたことあるか?」

「棒、なんですか?」

「棒手裏剣や、しらんのか。日本人のくせに。」

「手裏剣なんて見たこともないよ。」

思わずためぐちで話してしまった晶子に赤い目を細めてベルゼブブはこう言った。

「ため語で接してくれた方がこっちも遠慮なくいけるから気にするなよ。これからはGiftedだと長いからお前のことは岐阜とよぼう。」

「岐阜?行ったことないよ。」

「これから行けばええやろ。ええところやで、温泉はあるし。」

「温泉はいるの?蠅なのに。」

「馬鹿者、わしは天下のベルゼブブ様じゃ、蠅ではない、見た目は確かにキイロショウジョウバエに激似ではあるがサイズが違うやろ、まず。」

確かにこんなに大きな蠅は世界中どこにだっていないだろう。

「ちなみに、サイズは変えられるんや。とりあえず今は岐阜と同じサイズやけど飛ぶのが大変やから」

と言うとベルゼブブはその体を小さくした。そしてひょいと岐阜の肩に乗った。

「よしこれなら楽に移動できるな。満足満足。それからな、わしのことはベルちゃんと呼べ。こんなに可愛いらしいのにベルゼブブって響きが気に入ってないんじゃ。」

「ベルちゃん。」

「ほーい、なんじゃ岐阜?」

この後ベルちゃんと岐阜は契約を交わした。

岐阜が死ぬ時までベルちゃんは共に行動して、岐阜が死に逝く時、その命はベルちゃんに委ねられると。

そして契約を交わした者にしか悪魔は姿を見せない、声も聞かせない。
よって他者から見たら岐阜がずっと一人ごとを言う危ない人に見られがちだろうが、彼女はそれでもよかった、今までも独りで生きてきたのだから、何も変わりはしない。

契約をした後にベルちゃんは岐阜に告げた。

「能力1、お前は棒状の凶器を投げる才能がある。」

「棒状、あ、さっきの棒手裏剣って。」

「先のとがった棒状の手裏剣じゃ。それを相手の喉仏に投げたら相手は必ず死ぬやろうな。」

「それが私が神にあたられた能力なんですか?つまんない。」

「お前、なかなか出来ることやないぞ。訓練していない人間がそんなこと。」

「シックスセンス的なものかと思ってたから。」

「人間はすぐ超能力とか言って物を触らないで動かすとか、体を宙に浮かすとか大仰にものを考えがちなんや。人よりも少し超えた能力が超能力だと何で考えられんのやろう?」

「そうだね、たしかに。」

「能力その2、お前は人を憎む能力が高い。」

「は?」

「わしがその素晴らしき怒りのちからを増幅してやろうと思う。」

「私が怒りっぽいってこと?」

「ちゃう。憎む能力。妬み嫉みも含む。」

「ちょっと待ってよ。全然嬉しくない。」

「悪魔やからな、憎しみの力は大好物や。岐阜、お前は人間にしておくのがもったいないほどの逸材じゃ。こんなに他人を憎むことが出来るなんて悪魔界でもなかなか、そのハングリーさが素晴らしいんや。」

「ちょっと、すごい、いやなんですけど。」

「だからわざわざわしが出向いてきたんじゃ。面白いやつが悪魔を欲してるなと思ってな。」

「それはそうだけど。私の能力ってその二つですか?」

「あと勉強熱心やからわしの指導にもついて来れそうやし。」

「指導?何か勉強するの?」

「当たり前やろ、お前悪魔とタッグを組むっちゅうことは神に忠誠を誓うのよりも茨の道が待ってるとは思わなんだか。」

「呼び出して、あとはおまかせかと。」

「ばかたれ。そのぬるさはいかん。悪魔たるものストイックたれ。まずは基礎体力作りからじゃ。そんな細こい体では憎みのパワーがマックスでも行使できん。」

「えー。体育は苦手なんだけどな。」

「インナーマッスルが大事なんや、わしなんてシックスパックどころかシックスアームやんか。」とつまらないギャグを言ってベルちゃんは笑った。岐阜はこの可愛らしく愉快な相棒を大切にしようと思い、一緒に笑った。

2023/10再編集再掲載






















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