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小説 カフェインpart25

西門に連絡するのは夜になってからにした。私は独り暮らしで携帯電話しか持っていない。今月通話料跳ね上がるかな。
西門母からのメモには、裕電話番号と書いてある。ゆう、ひろし?ほかの読み方か。間違いのないよう慎重に電話をかけた。
西門は、木曜日の晩に電話に出られる仕事なのか。まぁいい。とにかくわたしはカフェインことが聞きたい。
「はい、どちら様ですか?」
「わたし大野と言います。今大丈夫ですか?突然電話してすみません。池田千穂さんのこと覚えてますか。」
「池田?知ってますよ。彼女がどうしたんですか。死にましたか?自殺ですか?」
「何かご存知なんですか。」
「この前会った時死にたいって言ってたから、俺もって答えたんですけど。四十までお互い独り身だったら入水でもするかって誘ったんだけど。太宰じゃあるまいしって返されました。でもいけちとなら死んでもいいってあの時は思ったんですよ。」
「あなたも自殺志願者ですか。その割に声が明るいですね。」
「今は付き合ってるやつもいてそれなりに幸せな生活送ってますから。いけちの死因は?」
「オーバードーズです。」
「あぁ、前回自殺した時もその方法をとったそうです。」
「初めてじゃないんだ。」
「その時は蘇生したそうです。離婚した旦那さんに迷惑をかけたーって言ってたんだけどね。」
カフェインは気を使う女の子だった。30半ばの女の子?でも女の子だったよ。
「カフェイン、結婚してたんですね。知りませんでした。」
「短い結婚生活だったらしい。誰にも言わなかったんじゃない?後悔してたみたいだからね。」
「西門さんから見てカフェインはどんな子でしたか?」
「中学一年生の頃は三日に一遍教科書を借りに来てたな、他の女子のを借りろっていっても、西門のがいいんだって。俺と話す口実だったのかもしれないけど。二年で同じクラスになって、俺は好きな子がいたから、いけちのことは無視してた。普通に話すよ、でもラブレターとかはね、多感な時期だったし。」
「毎日ラブレター書いてたんでしょ。一回もお返事しなかったんですよね、お母さんに聞きました。」
「おしゃべりだな。よく知りもしない人にべらべらと。」
 お前もな。多分遺伝じゃない?その方がこちらにはありがたいが。
「きっと池田さんは魅力的じゃなかったんでしょ。ストーカー行為まで及んで迷惑だったでしょ。」
「まんざらでもなかったよ。いけちは男みたいだったから恋愛の対象外だったけど、書く手紙は面白かった。そのうち読まないでいられなくなってさ。ただ字は汚いから、もう少し字が綺麗だったらね。」
「池田さん勝手に逝ってしまって、わたし友人だったんですけど憤りを感じているんです。でもわたしの知っていた池田さんはただの一面にすぎないからこうやって興信所まがいのことをして彼女をご存知の方に話を聞いているんです。」
「いけち、苦しかったと思うよ。あなたもそう思いませんか?死んでよかったとは思わないけど、苦しみから解き放たれる方法が自死だったのなら仕方ないように俺は思うけどね。」
「苦しかったのは病気のせいでしょ。あの子はみんなの人気者だったのに、置いてきぼりくらったみたいに茫然としている自分がいます。」
「あなたは友人だったっていうけれど、どれだけ彼女のことを知っていましたか?元気いっぱいのそうの時のいけちだけが本当のいけちですか?うつの時のいけちもいたはずでしょう、そううつ病って大変だと思いますよ。俺と久々に会った時、たしか小金原のココスだったと思うんだけど、いけちは垢ぬけてて個性的でした。でも調子は悪そうだったよ、うつが辛いんだって言ってた。俺もダウナーな時期だったからな。二人でうつむいてパスタくるくる巻いてたよ。大野さんだっけ?死にたいと思うことあるでしょ?ない?それでも歯食いしばってみんな生きてるんだよな。苦しまずに逝ったのならいいよ。それもいけちの選択だから、俺は責めない。」
「わかりました、ありがとうございます。最後にいいですか。あなたは彼女が好きでしたか?」
「よくわかんないけど、あんなに無償の愛を注がれることはもうないかもね。」
電話を切った後も、もやもやしたままだった。
心中する気があったならそれは好きってことと同意ではないのか?違う?ただ死にたいもん同志が顔を合わせたってこと?似た者同士、仲良く付き合ってみたらどうだったのか、ダウナー同志。
そしたらカフェインが独りで死なないで済んだかもしれないじゃないか。
いや、違うな、ココスで再会した時に西門にときめかなかったカフェイン。中学時代のような西門に対する恋心は淡雪のように消えてしまっていたんだろう。二人は結ばれることはなかったんだ、結局。
死ぬやつのことを逃げてるっていう人いるけどこの世でどうしても逃げ場がなくて、でも毎日施設のみんなを笑わせていたカフェインが愛しい。本当にきつい時は休んでいたんだろうね、あんたのことだろうから、笑えないときには布団の中でじっとしてたんだろ?

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