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小説 カフェインpart11

 「池田さんさ、曲かいてみない?」
二週に一遍、二時間ばかりのスタジオ練習の休憩の合間に
田村君は提案した。
いつもの田村君のきまぐれな発言を却下しようと
俺が口を挟もうとした瞬間、するどい視線で田村君はこちらを一瞥し、
「最近の木下君の曲マンネリ気味じゃない?俺たちももういい年齢なんだからさ、恋だの愛だの奇跡がどうのとか言っててもなーって。」
最近長年付き合っていた彼女と別れた田村君はいつもに増して機嫌が悪い。俺の立場がないだろうと思うが田村君はそういうやつだ。高校時代から付き合いのある俺は苦笑いするしかなかった。
「いいっす、次のスタジオ練までにやってきます。」
池田は軽く受け合ってペットボトルの水を飲んだ。
「またあの曲のリフ弾けてなかったな。家で練習してないだろう。四年もベースやってんだから少しはうまくなれよな。」
田村君に対するいらだちをつい池田に向けてしまったが、俺の言っていることは間違っていない。練習をしないからきちんとベースの弦を押さえられないし、周りの演奏をきちんと聴かないからリズムが一人でずれていく。それを池田に再三口を酸っぱくして指摘してもへらへらしながら
「すみません。」と頭を下げるばかりだ。
 俺たちのアマチュア社会人フォーピースバンドは男3女1の構成だが池田の紅一点ぶりは全く目立たない。池田はシド・ヴィシャスに憧れるベリーショートの髪に耳にはピアスがずらりと並んでいるこわもて系女子だ。29歳にして女子もないか。いつかシドのようにベースで観客を殴るのではないかと不安だ。
 四人でいても男が四人並んでいるようで違和感がない。池田は細身の体に重いベースを担いで今日もへたくそな演奏をする。
ドラムの山さんは温厚な人だ、俺らのとげとげとした会話を遮り、「よし、後半戦に突入しますか。」とドラムスティックをかちかちならしてAスタジオに入っていった。
後半も池田の演奏はめためただったが、俺は叱らなかった。池田の書く歌詞はどのようなものなのか気になっていたので俺も何か所かコードバッキングを間違え田村君に睨まれた。このバンドのバンマスは田村君だが作詞作曲は俺がほぼ担当している。実は音痴な田村君は決して唄わない、俺がヴォーカル兼ギター、田村君がリードギター、山さんがドラム、池田がへっぽこベースである。本当は池田を外して俺がベースを担当する案もあったのだが、恥ずかしながら俺はギター弾きだ、ギタリストでいたい。
帰り道、でかいベースケースを背負ってよたよた歩く池田に話しかける。
「お前曲なんか作れないだろう?大丈夫かよ?」
「何とかします。また再来週。」
池田は常磐線各停のプラットホームにベースケースのネックを揺らしながら降りていった。
 
翌々週スタジオに入り次第「じゃあ池田さん曲聴かせてよ。」と田村君はいじわるそうな笑みを浮かべて言った。ひどい曲だったらこき下ろす気なのか。
池田は拙いベースのルート弾きを伴奏に低い声で唄いだした。
 
 それがいらいらどめだった。
 
俺は池田のことを何も知らない。パンク調の曲を適当に作ってくるんだろうと見た目で判断していた。曲の構成も見事だし歌詞もよくわからない部分もあるが少なくとも俺みたいに簡単に色恋については唄っていない。
山さんが「この曲さ、アレンジのしがいがありそうだね。」と嬉しそうに言ったら、田村君も「池田さん、いい声だね。唄えば。」とぽつりとつぶやいた。
池田は「いやー、ベース弾きながら唄うのはむずいです。」と俺の目をまっすぐに見て、
「これは木下さんに唄ってもらうために作った曲ですから。」
少年のような池田が急に女に見え、俺は背筋に電流が通るのを感じていた。

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