見出し画像

カツオ漁を未来へつなぐ廻船問屋~ サバの街からカツオの街へ 変化を遂げた勝浦 ~

6月某日、メンバーシェフとともに、多くのカツオ漁船でにぎわう勝浦漁港に視察に行ってきました。


訪問メンバー(シェフの並び、右より。中央が齋藤さん):
【慈華】田村 亮介
【茶禅華 】川田 智也
【御料理ほりうち】堀内 さやか
【パーラー江古田 】原田 浩次
【日本橋蛎殻町すぎた】杉田 孝明
【シンシア】石井 真介
【後楽寿司 やす秀】綿貫 安秀

迎えてくれたのは、日本で一番多くの生鮮カツオを扱う廻船問屋、(株)西川の齋藤広司さん。テンポのよい水揚げ、威勢のよい競りといった臨場感あふれる勝浦漁港にて、勝浦でのカツオの水揚げの歴史や、漁法の進歩、カツオ漁が抱える課題とこれからについてお話いただきました。


海と陸の架け橋 『廻船問屋』とは

さかのぼること、約160年前、江戸後期(文久年間)に『廻船問屋』として創業した、株式会社西川。廻船問屋の仕事は多岐に渡り、船主が獲ってきた魚を流通させるだけでなく、船全体のお世話も担っていました。(ヤマト運輸の荷物の受け渡しなどもするそうです!)

視察当日も、高知県、宮崎県など全国各地の船が勝浦港を訪れ、水揚げや物資の補給を行っていました。関東圏の大きなマーケットを抱えていることが、勝浦の強みのひとつだと話していた西川さん。市場を抱えることはもちろんですが、「水揚げするなら勝浦に」という船主の判断には、長い歴史の中で培われた熱い信頼もあるのだろうとうかがえます。


サバの街からカツオの街へ

勝浦漁港は、生鮮カツオの水揚げ量で全国第2位を誇り、気仙沼に次ぐ規模を持っています。(2023年の水揚げ量は約9223トン)

1950年代の勝浦はサバで日本一。カツオ船は仕込みをしに寄る程度でした。(株)西川の先々代が出稼ぎ先の気仙沼でカツオ漁師と知り合ったことが、勝浦へカツオ船が入港するきっかけです。そこから徐々に入港してもらい取扱量を増やして行った結果、わずか約半世紀で「カツオの街」へと変貌を遂げました。


実は勝浦には中型カツオ船は1隻もない!

驚くことに、勝浦漁港を母港とするカツオの中型船は1隻もありません。この日も、高知や宮崎など、県外からの多くの船が遠く離れた勝浦まで、水揚げのためにやってきていました。

カツオの漁場は様々ですが、春先から夏頃にかけては、関東の沖合に漁場が形成され、各地のカツオ船が勝浦に集結します。豊かな漁場と、関東圏の大きなマーケットを持つ勝浦には、たとえば土佐で獲られたカツオも、勝浦で水揚げをされると「勝浦産」の表記となります。船主が勝浦を選ぶということはつまり、自分たちが獲ってきた魚を「勝浦」ブランドのカツオとして、売るという決意の表れでもあります。

「サバの街からカツオの街へ」。その背景には、各地の船主と信頼を築きながら、「選ばれる漁港づくり」を続けてきた、(株)西川さんの絶え間ない努力がありました。


春先はカツオでにぎわう勝浦漁港~勝浦に水揚げされるカツオの特徴~


勝浦漁港では、早朝から活気に満ちた光景が広がっていました。漁船が次々と戻り、新鮮なカツオが手際よく水揚げされていきます。水揚げされたカツオを瞬時に仕分けていく、漁師さんたちの真剣なまなざしとテンポの良い熟練の動きは圧巻の光景で、「より鮮度の良い状態で市場に届けたい」そんな思いが、節々から感じられました。



春先に勝浦で水揚げされるのは、主に2〜3㎏ほどの「初鰹」。

一般的に初鰹は、脂が少なく比較的小ぶりであり、戻り鰹はサイズも脂も乗っているといわれます。しかし、最近では勝浦でも4~5㎏の大きなサイズのカツオが水揚げされているそうです。その原因ははっきりと分かっていませんが、「冬場になっても海水温が下がりきらなかったため、日本近海で冬を越したものがいるんじゃないかと思っている」と齋藤さんは言います。


勝浦漁港の競り場には、水揚げされたカツオが入った四方サイズの魚槽(=『ダンベ』と呼ぶそう)がびっしりと並び、各魚槽には、「1」「2」「3」の番号が振られています。その数字は、水揚げからの日数を表しており、「1」の魚槽に入ったものが一番鮮度のよいカツオです。(水揚げ前日に獲ったカツオ)


館内放送の合図に従い、順に競りが行われて行く中、目に留まったのは、各魚槽の縁にかけられた見本切りのカツオ。

サイズはもちろんのこと、各魚槽の縁にかけられた、身の断面から、身質や脂乗りを見極め、適正な価格でセリ落としていくのだそうです。齋藤さんの解説を聞きながら、それぞれの身質の違いを見ていくメンバーシェフたち。正直、素人の私にはじっくり見つめても、それぞれの違いを見つけられませんでした。改めて、瞬時に身の状態を見極め、適正な価格で競り落としていくプロの目に感服しました。


水揚げされたカツオの販路:廃棄を出さない工夫とは

勝浦で水揚げされるカツオの多くは「生鮮」カツオ。ずらりと並ぶカツオを目の前に、シェフからある疑問が投げかけられました。

「水揚げが大量にある日は、入札されずに廃棄されるカツオが出たりしないんですか?」

「水揚量が多く、生鮮で流通しきれない場合は冷凍し鮮度を保持します。冷凍されたカツオはカツオタタキやカツオ節、缶詰原料などとして使用しています。カツオ船を誘致している以上、水揚げされたカツオに少しでも高い値を付けるのが我々の役目ですから

と齋藤さん。鮮度や品質が良いものから、生鮮刺身⇛生鮮加工(カツオのたたきなど)⇛冷凍刺身⇛冷凍加工⇛缶詰加工というように用途を変えていき、基本的に廃棄は出さないそうです。

「船主にとっては、結局自分たちが獲った魚をいくらに変えてくれるのかが、水揚げ先を選ぶ大きな基準になりますからね。どれだけいい世話をしてくれても、獲った魚がお金にならないんじゃあ、船も勝浦から離れてしまいますから」

”船から選ばれる漁港であり続ける” そんな仕事の真髄を見た瞬間でした。

一本釣りとまき網 時代とともに漁法はどう変わったのか


カツオ漁は、漁場や漁法により、様々な形態があり、水揚げの場所や流通状態も、異なります。遠洋 / 近海(沖合)/ 沿岸 の漁場によって、主に以下のような違いがあるのだそうです。


日本の漁業種類別カツオ漁獲量
(平成30年~令和4年 海面漁業生産統計調査より)

続いて勝浦の漁法について見ていきましょう。
勝浦で水揚げされるカツオは主に、一本釣りとまき網の2つの方法で漁獲されています。

遠洋の冷凍品、近海の生鮮品、沿岸なども含めると、日本全体では、まき網で漁獲されるカツオの漁獲量は、一本釣りで漁獲される量よりも多くなっています。しかし、生鮮カツオに関して言うと、日本全体では一本釣りが7割、まき網が3割だそうです

「一般的に、一本釣りの漁期は、3月〜11月、まき網の漁期は5月〜9月まで。口を使う(食い付く)カツオだけを一匹ずつ獲り長期に渡り売場や食卓に最高鮮度のカツオを届けるという意味では、近海カツオ一本釣り船団は、高いレベルでのサステナブルな漁法を実現していると思います」

まき網漁については、一度に大量に漁獲できる効率のよい漁法である一方、まき上げる際の魚体への負荷等が懸念されてきましたが、近年は、冷凍技術や品質管理の向上により、一本釣りのカツオと大差がない品質のまき網カツオも多いと齋藤さんは言います。「一本釣りか、まき網か」漁法でカツオの価値を決めるのではなく、個体の品質を見極めて、適切な値を付けていくそうです。

固定概念に縛られず、今ここで行われている漁業と向き合う齋藤さんの言葉に、シェフの目の色がひときわ輝いた気がしました。


減っていくカツオの一本釣り船 
~課題となるのは①人員 ②造船 ③エサの3点~

まき網漁の技術向上という明るい話題もある中、減っていく一本釣り船には寂しい思いがあるという齋藤さん。

「一本釣り船の誘致から始まったカツオの街でもありますからね…。海と陸の橋渡し役として、できることをやっていきたい思いですが、この伝統がなくなっていくのを見るのはやはり寂しいです。祖父の代で築いてくれたものですから尚更です」

かつては高知県だけで100隻以上あったというカツオの中型一本釣り船は今では33隻にまで減ってしまったといいます。カツオ一本釣り漁には、①人員不足 ②造船 ③エサ代の高騰 という主に3つの課題があると齋藤さんは話します。

①人員不足
人力で1匹ずつ釣りあげていく漁法のため、一本釣り漁はとてつもない体力が必要です。漁業人口全体の高齢化と後継者不足が進む中、一本釣り漁を続けていける漁師が減っているのが現状です。

②造船
一本釣り漁を維持していくためには、人員だけでなく母体となる船が必要です。人間同様、船ももちろん年をとり、修理や修繕をしたり、時には新しい船を作り直すことも必要となります。しかし、一本釣り船は他の船に比べて複雑な構造をしているため、造船技術を持った人が少ない上、造船に係る費用も大きな額となるそうです。(最新の中型船は、2019年進水の高知県、第88佐賀明神丸で総工費8億円超えだとか…!)

一般的に、新しい船を作る際には、造船にかかる費用に見合う水揚げ金額が見込めるかどうかが、1つの判断基準となるそうですが、昨今の一本釣り船の水揚げ金額は良くても4億円程度とのこと。新たな船を作るには到底届かないのが現状です。

③エサ代・燃料代の高騰
カツオの一本釣りは基本的に活餌が必要で、主にカタクチイワシ、マイワシが使われます。勝浦に寄港するカツオ船が用いる餌は、主に千葉県の館山から運ばれており、勝浦にもそれらを泳がせておくための「餌場」と呼ばれる生簀があります。生きたまま餌を運ぶ必要があるため海水ごと計り、キロ単位ではなく、バケツ一杯いくらという換算方法だということに、私もシェフもとても驚きました。(バケツ1杯で約5000円ほどだそうです)

館山から餌の魚を運ぶためにも、運搬船が運航しているため、餌代に加え燃料代もかかります。エサ代・燃料代の高騰がダブルで追い打ちをかけているようです。


(勝浦漁港の対岸にて、餌場の見学もさせていただきました)

守るべき伝統もあれば、時代を読んで変えていかなければならない部分もある。日々カツオ漁業の「今」と向き合う中で齋藤さんが感じられている希望や葛藤を理解することができた一日でした。

先人から何を受け継ぎ、未来に何を残していくのか、私たちも改めて考えなければいけないと身が引き締まる思いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?