ステレオタイプの料理から自由になる日【後編】
鴨胸肉のカルパッチョを題材に本来あるべき料理の幻想から、なるべき理想の料理へとシフトする時代。
料理も一定の場所でしか表現できなかった環境から、一瞬で世界中にレシピを含めた料理の写真や調理動画を届けることができる時代になってきました。お陰でより多くの人が、今まで知ることもできなかった世界中の料理から、料理人の哲学的な考えに触れる機会が増えたことは、この10年で大きく進歩したことだと思います。
素晴らしい料理に出会う機会は増えましたが、その反面『ただの創作料理では?』と思ってしまうような、へんてこな料理に出会うことも暫しあります。
僕が考える素晴らしい料理とは、価格やレストランの規模に影響を受ける料理のことではありません。料理人が常に気を配るその環境でしかできない調理法や、その土地でしか味わえない料理を、季節や旬の食材をリスペクトしながら知恵と経験を詰めた料理のことです。
1:グランシェフ
フランスのグランシェフと呼ばれるような名だたる料理人たちも達も、他の食材や調理法を用いて本来のレシピや料理の起源をリスペクトしつつ、本式の料理名を取り入れて料理を表現することは珍しいことではありません。
この流れはフランス国内では、2000年代前半から有名シェフを筆頭に変化してきた流れだと思います。
特にわかりやすいフランス人シェフを2名だけ例に上げると、アルページュのアラン・パッサール氏と、世界中にレストランを展開しているピエール・ガニェール氏です。
この二人はフランス料理界では前衛的です。ホントはもっと紹介したい料理人はいるのですが、きりがないのでこの2名に絞りました。(パスカル・バルボ氏のフォアグラとマッシュルームのタルトは、僕の中で当時衝撃的なヒトサラでしたが、機会があったらしょうかいしたいなぁ。)
過去に似たような記事を書いた時に、他のフランス人有名シェフの代表とする料理を簡略に紹介したので、こちらも是非読んでいただきたいです。
彼らは様々な調理法をレシピの中に入れたり、世界各国の食材を取り入れることで新しい料理を生み出し発表し続けているグランシェフです。
多くの方から賞賛を得ることもあれば、批判の的になることもよくあります。もし機会があれば彼らのYouTube動画とかInstagramを見ていただけると少しは理解ができると思います。
ピエール・ガニェール氏はパリに本店の三ツ星レストランを構えている以外にも、フランスの各地方や世界中の国の主要都市を中心に、彼自身の名前のレストランは世界中に存在しています。ガニェール氏自身も世界中を飛び回り、
『これ面白いね』
『美味しいね』
という発見やインスピレーションから、パリの本店をはじめ彼のレストランでは積極的に他国の食材・調理法を取り入れています。
そういった意味で本式のレシピにとらわれず、季節や環境、食材の状態や時には彼自身の気分次第で、まるで人間の心のように彼のお店の料理は毎日のように変化する料理です。
承認欲求とは離れた場所で、これって楽しいよね・面白そうだねといった感情が優先される印象の料理も特徴です。
それが彼が『厨房のピカソ』と例えられる理由の一つになっています。
アラン・パッサールしもまた、パリで長年オーナシェフとして三ツ星レストラン・アルページュで活躍している料理人です。
こちらは約10年前にYouTube で紹介されている、三ツ星シェフのアラン・パッサール氏が紹介している料理動画。
料理名は直訳すると、【オゼイユが根セロリに喜んでとろけている・L'oseille fond de plaisir pour le céleri-rave 】なんて、詩的で遊び心満点な料理名のヒトサラになりますが、要はオゼイユと根セロリで組み立てた野菜のラビオリです。
根セロリは形を活かしてスライサーで薄くスライスして、有塩バターと水のみで優しく火を入れます。根セロリに火が入ったら鍋から取り出し、鍋の中に残るバターと水分が乳化した温かい液体にオゼイユを絡ませ、予熱を利用してオゼイユに火をいれます。
組み立て方は薄くスライスされた円形の根セロリの上に、火を入れたオゼイユを乗せてから根セロリを半分位折りたたむだけです。
仕上げに鍋の中に残る液体をラビオリの表面にソースのようにかけて完成です。僕もこの料理を再現したことがありますが、甘い根セロリの香りと歯切れのよい食感に、オゼイユの酸味とバターのコクが相まって、素晴らしい一体感のある味わいに驚きました。そして一緒に合わせたワインは、ロワール地方はサンセールの白ワイン(ちなみにワインはDomaine Vacheron)。
このラビオリとワインのマリアージュは、まさに完璧。ワインの爽やかな柑橘系のアロマと、豊富なミネラル感が、強い酸味を覆ったベジタルな風味とバターの香りのラビオリに溶けていくような、そんな一体感を味わえました
この料理も本来小麦粉生地で作るパスタ生地のラビオリをベースに、ラビオリの調理工程を一部取り入れて作られた料理です。本式のレシピのラビオリとは使っている材料も調理法も全く異なりますが、誰もが知っている認知度の高い料理名を用いて、彼にしか思いつかなかったであろう料理を、誰にでも理解してもらうための手段の一つとして、動画内で野菜で作った『ラビオリ』と紹介しています。
彼がこのシリーズで紹介している数多くのオリジナルレシピは、誰でも挑戦したくなるようなシンプルな調理法ばかりです。ヒトサラに使用する食材も2〜3個と限られている中で、非常に個性的で食べてみたいと思わせられるような料理の数々が紹介されています。
そして何よりアラン・パッサール氏が楽しそうに料理を完成させる様子は、見ていてワクワクさせられます。フランス語や料理の専門用語がわからなくても是非一度、彼の表情や調理工程を見ていただきたいです。
2:空飛ぶ料理
今回の記事を書くきっかけとなった、僕がYouTube に投稿した『鴨胸肉のカルパッチョ』に対して視聴者の方からのコメント。
『どう見てもカルパッチョに見えない』という意見は、確かに広く一般的に知れ渡っているカルパッチョと比べた時に、疑問に感じる点は客観的にみると確かに正論です。
ステレオタイプ的にカルパッチョを表現するにであれば、動画で紹介したように鴨胸肉をロゼ色にする火入れは不要ですし、盛り付け方も真っ赤な生の鴨胸肉を薄くスライスして、お皿全体に鴨胸肉が重ならないように盛り付けたほうが、皆さんがイメージする『カルパッチョ料理』になります。
同じような疑問を持ったであろう他の視聴者の方や、僕のnote記事を愛読して頂いている皆様に、少しでも僕の料理や現代フランス料理の魅力や楽しさに触れていただきたい。
そんな思いから前編からイタリア料理のカルパッチョを例に上げて、料理名の役割や重要性、そして中編では、僕がYouTube動画で上げた『鴨胸肉のカルパッチョ』の、レシピを組み立てた背景や狙いを細かくお話させていただきました。
料理の見た目や表面的な部分しかお伝えしていないYouTube 動画からは、レシピを組み立てた細かい説明の殆どは省いているため、動画で最も重要な調理のポイントや注意点のみの説明に留めています。
料理の世界に限ったことでは無いと思いますが、ステレオタイプな思考はその世界に精通しておらず、そもそも理解を必要としない他の誰かに、短時間で効率よく説明をする際にはとても便利です。
例えば、広い意味でのフランス料理を日本人に説明するのであれば、
『特色あふれるフランス古典・郷土料理をベースに、バターやクリーム等の乳製品を多用する調理法や、食材から出る骨やアラを使用して作るソースの重要性。そして各地方の様々な食材やその土地で生まれた調理法を用いて、季節ごとに表現を変えることができる生きるための料理』というような70年代以降日本に持ち込まれ広く知られたフランス料理について説明すれば、理解されやすいと思います。
しかしステレオタイプな思考に偏るほど、『現代フランス料理』の本質に触れる前の段階で、不安、嫌悪感、無力感に近い感情を抱く人たちは、ある一定数いることは事実です。
現代フランス料理の中には海外の調理法・食材はもちろんのこと、和食のレシピに日本の食材は多用され、古典フランス料理のようなソースの重要度は必ずしも高いとは言えません。
クリームやバターを使用したソースの変わりに、鰹節の風味の香る日本の出汁を料理に取り入れるフランス人シェフは存在します。
『そんなのフランス料理ではない』
なんて声が聞こえてきそうですが、そうなんです。昔の人が生み出し、当時の環境や時代背景によって発展してきたフランス料理ではなく、現在進行系で変化するフランスの『現代フランス料理』なのです。
つまり料理人自身の生まれ育った環境や経験、現在暮らしている環境や大切にしていることが強く反映されやすい料理こそ、ステレオタイプから自由になり、世界中で魅力的に輝いている料理だと僕は思っています。
そしてそんな料理人自身のアイデンティティーが色濃く反映される料理は、一定の場所に留まらず、どこの国・地域・どんな食材を用いて表現しても、それぞれの環境に根ざし、その土地ならでは料理として姿を変えて表現できる特徴があるのです。
だから『現代フランス料理』は、他のジャンルの料理に比べて魅力的な料理と評価される理由の一つであり、いつの時代も輝き続けるのだと思います。
これからもYouTube動画を中心に、料理を紹介していきたいと思いますが、本式のレシピとは異なった食材や調理法で紹介する機会もあるでしょう。そんな時は皆さんからの質問や疑問を受け付けていますので、ぜひコメントなので送っていただけるとうれしいです。
そういったことを繰り返すことで、自分自身もいったい何が作りたて、何を表現したかったのか再確認ができますし、何より新しい発見や新しい料理の挑戦につながるきっかけになると信じているので、今後ともよろしくお願いいたします。
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