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日本列島チーズ工房リレー 第5回 チーズ工房タカラ

チーズ工房タカラを訪ねる

 北海道虻田郡(あぶたぐん)喜茂別町(きもべつちょう)にあるチーズ工房タカラ。チーズ業界関係者の中でこちらの工房の名を知らない人はいないのではないでしょうか。工房の主でありチーズ職人の斉藤愛三さんの造るチーズは、国内外数多くのチーズ品評会・コンクールでこれまでに高い評価を受け、多くのファンを獲得してきました。「風土をかじる様なチーズを目指す」と語るそのチーズは、どのような環境で生み出され、味わいをもたらすのか。これまでのチーズ造りとこれからの思いを聞かせていただきました。

チーズ工房タカラ 斉藤愛三さん

タカラの幸せな牛のミルク

 チーズ工房タカラのある喜茂別町は、蝦夷富士ともよばれる羊蹄山を囲むようにある町の中でも一番東側。札幌市に隣接することから比較的交通アクセスも良く、札幌市内から車で一時間ほどのところにあります。

 工房を営む斉藤さんは、喜茂別町で酪農業を営む家庭に育ちました。斉藤家は長男の信一さんが五代目として農場を継ぎ、三男である愛三(なるみつ)さんはお兄様の牧場のミルクを使ってチーズ造りを行なうという、夫々分野は違いますが酪農業をベースとしたお仕事をされています。

 チーズ工房名であり牧場名でもある「タカラ」という言葉。これは、ご両親とお兄様が名付けたもので、アイヌ語の「夢を育む」という意味になります。先住民であるアイヌ人同様、この土地に住まわせてもらうという謙虚な姿勢を屋号に込めようとアイヌ語から引用されたのだとか。また「タカラ」は、毎日の実践を表す言葉でもあります。

 工房を訪ねると、駐車場横に「幸せな牛のミルク」という大きな看板が。約50頭の牛たちに対し牧草地約50haの環境で牛たちは通年放牧飼育されています。自ら歩いて草を食み、水を飲み暮らす。「兄は牛にとってどんな環境が幸せかを考えて営農しています。」と、斉藤さん。そんな牛のミルクはまさに「幸せな牛のミルク」なのでしょう。

 斉藤さんは、「牧場では放牧を大切にし、チーズ工房では食品添加物無添加であることを大切にしています。つまり、より安心・安全でより美味しい乳製品をつくるという夢を、毎日育んでいます。」と、タカラの意味そのままに実践されているのです。

駐車場の看板「幸せな牛のミルク」と牛柄岩

土地の恵みをチーズへ

 チーズの原料となる「幸せな牛のミルク」は、夏は放牧地の草花、冬はこの土地で刈り取られた干し草を食べて育つホルスタイン種とジャージー種の放牧牛乳のみ。太陽と大地のエネルギーをしっかり纏った牛たちのミルクです。全て隣接する牧場タカラのもので、全体の約6割をチーズ用に受け入れています。もちろん品質は折り紙付き!ホモジナイズ(均質化処理)されていない自然な味の牛乳は、チーズやソフトクリームとともに直売店で購入することもでき、来店されたお客さまの楽しみのひとつでもあります。
 
 毎日の作業は、朝4時に工房に入るところからスタート。前日に造ったチーズを型から出したり、塩水につけたり等の後、朝搾乳されたミルクを受け入れ、前日のものと合わせて製造を始めます。午前中に製造を終えると、清掃作業や発送作業、そして夕方に再びミルクを受け入れ翌日の準備等。忙しい毎日ですが、その中でもご家族との時間を何よりも大切にされています。
 
 日々扱うチーズは、フレッシュチーズからハード系チーズまで常時6種。季節商品やアレンジを加えたものを含めると約9種。年間約50tのミルクを用いて、7割はハード系のチーズ(タカラのタカラ、タカラのトケル等)、3割はフレッシュ系のチーズ(タカラのレタラ、タカラのムスヒ等)を、季節によって変動するものの全ておひとりで造られています。チーズ造りに使われる乳酸菌は、この地の生乳から自然発酵・採取した2種類の乳酸菌(中温菌と高温菌)を主として使用。ハード系のチーズには、製造時に出るホエーを再発酵して得られる乳酸菌を使用しています。
 
 また、熟成庫には先代が植えたトドマツを伐採し材木とした熟成棚が設けられる等、地場のものを活用。「これらは特別なことではないと考えています。なぜなら、これらすべて昔からある技術を生かす、極めてシンプルな酪農乳製品製造業のスタイルだからです。大切にしているのは、『自然と共に生きること』と、『すべてのモノは贈り物』。循環するいのちを感じながらチーズ造りをしています。」と、斉藤さん。この姿勢は環境活動へも向けられ、自然再生の森づくり活動「子供と作ろう 種から育てる未来の森@タカラ」を主宰し植樹イベントを行うなど、北海道在来種の植物を種から育て森を守る取り組みもされています。

左から「タカラのタカラ」「春のおめざめタイム」「タカラのムスヒ」

チーズ職人への道

 そんな斉藤さんのチーズ造りの原風景は、子供の頃にお母さまの造ってくれたストリングチーズだったとか。「友達が来た時に一緒に造ったりとか、バターを造ってお歳暮で配ったりとか。所謂、農家のお母さんの手作り!というようなことを昔からしていたので、それが事始めですね。」と、斉藤さん。自家牧場のミルクから造られた出来立てチーズの美味しかったこと!その記憶が、斉藤さんをチーズ職人の道へと導いたのではないでしょうか。
 
 チーズ職人としてのスタートは、北海道にある共働学舎新得農場。まる5年経験を重ね、最後の1年は工房長を任されるまでになりました。その後、24歳の時にフランスや欧州諸国のチーズ工房を訪ね歩き、修行を積み重ねます。渡航のきっかけは、チーズイベントのため来日していた生産者のかたに、自ら直接「もっと学びたいことがある!」と訴えたこと。そうして、フランスのフランシュ・コンテ地方やオーベルニュ地方のチーズ生産者の門を叩き、現地での製造経験を重ねたのです。

 「一番見たかったのは、チーズ造り云々の前に、チーズを生活にどのように取り入れているか。リアルな空気感は行かなきゃわからないので、どうしても行きたかった。」と、斉藤さん。実際に、フランシュ・コンテ地方の放牧酪農地が実家の牧場の空気感と似ていると感じ、「自分のところにはハードチーズを造れる土壌が既にある!」と、確信できたそうです。「外を見るというのは、自分の足元を見ることに繋がる。必要なタイミングってあるのだなと思いました。」と話すほど、意義のある滞在をされました。

 帰国後は、2007年5月に自らのチーズ工房を立ち上げ。開業して今年で16年目、チーズ職人としては21年目になります。

熟成中のチーズを見守る斉藤さん

循環するいのちを感じる

 斉藤さんには、以前から長い間あたためていた計画がありました。それは、「無駄なエネルギーを使わない循環型チーズ工房」をつくること。そのため、2017年に工房を新設する際は、計画に4年の歳月を費やしたのです。「新工房になってから、全てにおいて大きく変わりました。」と言います。
具体的には、無理のない労働環境にするため動線を良くしたこと。これにより、時間の流れがとてもスムーズになりました。

 そしてもうひとつの大きなこだわり。熟成庫内の温度管理に、冬季間製造・貯蔵するアイスシェルター、いわゆる「氷室」を使用したことです。シェルターを冬季間開放することで中の水を凍らせ、雪融け前に扉を閉じるのだとか。温暖化の波押し寄せる近年でも驚くなかれ、氷は溶けきることなく次の冬を迎えられます。

 「発酵って温度変化が緩やかな方が良いのです。気温が上がって少し冷やしたいときに冷気を使うのですが、補助的に氷の熱で抑えるような感じで、温度の動きは緩やかです。」と、電気エネルギーを使うことなくチーズ熟成庫の温度管理を可能にしました。さらに、熟成庫を漆喰壁にすることで微生物の住みやすい環境を整え、吸湿加湿を自然にコントロールできるようにしたのです。

 これらは既存の類例がほとんどなく、建設にあたって多くの力が結集されました。設計士・大学教授・斉藤さんの3者でチームを組み、一からプロジェクトを立ち上げ、どれくらいの氷が必要かを計算するところからスタート。様々な道のりを経て完成されたこの熟成庫は、自然エネルギーを活用した「次世代型ローコスト熟成庫」で、大変珍しいといわれています。
「普通にそこにあるエネルギーを使いたい!」というシンプルな思いから発想された、知恵の賜物なのです。

6年前に新設されたチーズ工房タカラ

共に日本のチーズを育てよう!

 これまでに国内外の多くの品評会やコンテストで高い評価を得てきたタカラのチーズですが、当初、斉藤さんはコンテストに懐疑的だったと言います。それを変えるきっかけになったのは、2014年に本間るみ子さん(現:チーズプロフェッショナル協会名誉会長)からコンテストへの出品を推薦され、「共に日本のチーズを育てていこう!」と強く背中を押されたことでした。切磋琢磨する中で育まれる日本チーズの品質や美味しさへの向上心。コンテストはそのような意欲を掻き立て、日本チーズ界全体の底上げにつながるものと、肯定的な捉え方に変わっていきました。
 
 「多様な国産チーズをカテゴリ毎に審査しますので、どうしてもそのカテゴリに当てはめにくいチーズもある。100%満たす方法はとても難しいです。審査方法には優れた点、また欠点や短所もあるかもしれませんが、必要に応じて改善し見直していくという作業をしている。これはチーズ造りと共通するものだと強く実感しています。実際に、生産者審査員という立場で自分のチーズ以外のカテゴリを審査させてもらっていますが、生産者へフィードバックする愛にあふれた姿勢を感じ、考え方を180度変えました。」と、斉藤さん。
 
 これらの経験から気づいたのは、コンテストの上位結果はいずれも味わいそのものが「人の心を動かすチーズ」であったこと。そして、「人の心を動かすチーズ」とは、風味や味わいに生産者の風土由来のものが強く感じられること。自然の営みに起因する味わいを経験した中で、むしろそこを知りたいと思えたのだとか。まさに、チーズのテロワールを体感されたのでしょう。
 
 タカラのある北海道の大地や風景、人や牛など目に見えるものと、土地由来の微生物や空気感等、存在していても目には見えないもの。それらすべてを含めた景色やテロワールを、自身の造る「土地のエネルギーを纏ったチーズ」を通してお客さまに見てもらい、感じていただく。そして、伝えられるひとつのきっかけに「コンテスト」があるのではないかと考えているのです。

牛を表すタカラのコーポレートマーク

自然に寄り添う

 目指すチーズ像を伺うと、「余韻が長く」「土地を想像できそう」なチーズだとか。「自然循環の中で、人間は恩恵をあずかっている。実は、これは僕が最初にチーズ工房を作り上げた時に見失っていた部分です。チーズは自分が造るものだと思っていたけど、それはすごい驕りだと気づいた。テロワールを牛たちの体を介して分けてもらっている、自然のメカニズムからの恵を分けてもらっているだけなのです。チーズ造りも同じで、乳酸菌や酵素たちが発酵・凝固・分解していく、そのメカニズムこそが素晴らしいことであって、実は僕はなにもしていないのだなってことがわかる。」と、斉藤さんは自然の理に気づき、寄り添うことで精神的なゆとりが生まれたのだと言います。

熟成庫で時を待つチーズたち

チーズを形にするだけが僕らの仕事じゃない

 喜茂別の地から世に送り出されたタカラのチーズは、多くのお客さまに求められ愛されてきました。販売先は、個人のお客様への直送が全体の約3割、業務用のレストラン等へ約3割、そして直接お店に足を運ぶお客さまへの店頭販売は約4割にも及ぶといいます。「首都圏の方から、タカラのチーズは買えない!と聞きますが、そんなことはありません。直送していますので必ずほしい方にはお送りします。もちろん時期によってはお待たせすることもあります。適正規模を維持するため、全国の小売店様や新規のレストラン様にはお断りする現状があります。大変心苦しいのですが。」と、相手の顔の見える範囲で責任をもって渡すことのできる量のチーズを造る、それが自分たちの適正規模なのだと斉藤さんは考えているのです。
 
 そして、営みとしてチーズ造りを継続し販売し続けていくことに社会的な意味があるのだと言います。「実は、チーズを形にするだけが僕らの仕事じゃない。僕らは文化を作っているって常日頃から思うのです。食文化というか、ひいては農業の文化。地域の経済的な循環、人間の循環も含め、チーズ造りに組み込まれていると思っている。」と、その思いを語ってくれました。

チーズに掘り込まれた製造日

お客様とのコミュニケーションを大切に

 チーズ工房タカラでは、お客さまとのコミュニケーションツールとして、自ら手渡しする季刊誌やレシピ集など、専門家に依頼しオリジナルのものを作成しています。季刊誌には四季の移り変わりや製造現場でのこだわりが綴られ、料理家に監修してもらったレシピ集はシンプルにチーズの味わいを楽しめるものが多く掲載されています。これらは店頭に置かれ、お客さまとの会話のきっかけになるのだとか。「あの牛さんのミルクでこのチーズができているのだね、とか。この牛が放牧されている風景を見て、牛って草を食べるのだね、とか。小さな事ですが、言葉にすると食育になるのです。食文化のコミュニケーション、それを無意識に感じ取れる空間がこのお店で、お客さまと共有することのできる現場なのです。お店作りのひとつの作業だと思っています。」と、斉藤さん。お店に足を運ぶお客さまの多さ、店頭販売比率の高さは、このようなお客さまとの時間の積み重ねから生まれたもので、決して偶然ではないのです。
 
 日ごろから心掛けていることを伺うと、「僕は常に感性豊かでありたい。考えをとめないというのが、ここ数年で一番大事にしていることです。チーズ造り21年目、完成形ではなくようやくスタートにたてたかなという感じ。チーズ造りが楽しくてしょうがない。」と、斉藤さんは、現代の事情に合うような安全で安心できる乳製品とはなにかを考え、今も模索を続けています。タカラのチーズやチーズ造りにかける真っすぐな姿勢を通して、自然を大切にし、恵みによって生かされていることを、これからも多くのかたに発信続けることでしょう。

ジャージー種の子牛

チーズ工房タカラ

住所:北海道虻田郡喜茂別町中里2-7
電話番号:0136-31-3855
直売店営業日:不定
(主に金曜・土曜の営業、都度facebookページに営業日の案内あり)
営業時間:11:00~16:00
ご注文、お問い合わせはcheesetakara@gmail.comまで

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