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日本語授業記録:日本語と出合える場所へ

日本語の授業
初級〜初中級あたり教える言葉や文法は、日常生活でよく使われる表現ばかりで、学習者もモチベーション高くその授業を受けてくれる。それに、学習した表現が教室の外でも使われていて、無意識のうちにそれが反復練習となり、身に付くのも早い。
しかしそれが、中級から中上級、そして上級へと上がっていくと「先生、そんな言い方、聞いたことない」という学生の反応に頻繁に出くわす。
先日は、日本語能力試験の一番上のレベルN1を受験しようとしている学習者に、「実際に日本語を使う時に、文法は必要ありません」と断言された。
私は「いや、いや、そんなことはないよ」と言いながらも、言葉を失った。

そんな学習者も含め、それでも、勉強している。出合わない日本語を一生懸命。
学習者に聞いてみると、「できたら、JLPT(日本語能力試験)N1が取りたい」という返事が返ってくる。それは「就職に有利だから」「会社でお金(お祝い金/ベア)がもらえるから」というもの。
それは十分理解できる。が、なんだかな……。

じゃ、その出合わない日本語に、こちらから出合わせてみよう。
どんな反応をするかな?

手始めに、日本語の教材にも採用されている星新一のショートショート「ボッコちゃん」を、大学のいつもの授業に箸休め的に入れてみた。
(このクラスは、前回の『日本語授業記録』に登場した読む・書くを中心に据えたクラス)

「ボッコちゃん」は、場面展開がほぼなく、時間の(逆流も含めた)流れもあまり気にせず読み進められる。そんな話の構造的複雑さがないので、言葉に集中できる。という訳で、今回、採用。
Facebookで、日本語教育界隈の方々にお勧めのショートショート及び短編小説を尋ねたみたところ、「ボッコちゃん」を勧めてくださる方が多かったので、安心して使えそうだった。

さて、その授業。
「中・上級者のための速読の日本語」に(リライトされていない)原文が掲載されており、それが物語の展開ごとに区切られ、展開を予測しながら読み進める形になっているので、それをそのまま教材に使用。

パートごとに、その続きを想像しながら読み進めてもらう。
最初のパートを読み終えた学習者の反応は、「かんた〜〜ん」。
しかし、知らない言葉/言い方がある様子で、ふんわりした教室内の様子。

試しに、ボッコちゃんのストーリーが展開する「バー」という場所について聞いてみた。話の中に出てくる「マスター」「カウンター」という言葉とともに。
彼らはアルバイトをしているから「居酒屋」「店長」「テーブル」という言葉は知っていても、「バー」「マスター」「カウンター」には馴染みが薄い。
説明してみると、一気に教室のふんわり感が落ち着いてくる。
どうやら、脳内照明も暗転してバーの中に入ってくれたようだ。

内容を確認する問題が付いているので、答えあわせをしつつ、実際にどう言い表されているかを確認しながら進める。すると、内容を理解し問題はできるものの、
・頭がからっぽ
・夜が更ける
・本物そっくり
・(人が)飛んでくる
・こっぴどく叱られる 
などの表現が分からず、小難しい論説を日々読まされている学習者に❓❓マークが出ている。確かにこれらの表現は論説にも日常会話にも頻繁には出てこない。
・〜ても、かえって〜
・〜たところ、〜
・〜てちょうだい
これら既習の文法は、学習者達が生活の中で出合っていても気付いていなさそうだ。

また、学校で使うテキストや論説文には、漢語が多用されている。初めて見た言葉が読めなくても、なんとなく推測はできるし、なんとなくそれに慣れている。例えば、「空(から)」「空瓶」「酷く」「冷酷」は意味が推測できても「からっぽ」「こっぴどく」は推測できない。
……そう考えると、学習者にとっても漢字は便利だ。

授業終了後に行ったアンケートでも、
●つんとする
●そっけない
●ぼろを出す
●〜かい?
●〜わ。〜さ。など終助詞
多くの学生が、これらの言葉を初めて知ったと書いてくれた。

この授業で強く感じたことがある。

別に、これをきっかけに日本の文学に馴染んでくれとは思わない。
しかし、「そんな言い方、聞いたことない」という日本語に、ここへ行けば出合えるのだと道案内する意味はありそうだ。
もう一度そこへ行くかどうかは、本人の自由だ。

授業の最後に、学生たちに出したタスク

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そこには、

ボッコちゃん、殺したのかい?
私は殺したのかしら。          (原文ママ)

なんて言う言葉が。「つんとしたボッコちゃん」という言葉もそこここに。
よかった。出合えてもらえた。

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