ブロードウェイからのメッセージに想う、キンキーブーツと春馬ローラ
10月27日に「Kinky Boots Haruma Miura Tribute movie」という動画が公開された。これまで公開されていたゲネプロ映像は何度も見ていたけれど、本番の舞台映像はやはり凄かった。
「権利の問題で全編DVDや映像化は出来ない」ということで、シンディ・ローパーさんをはじめ本国スタッフからのメッセージと、舞台の流れが大体分かるダイジェスト的な約22分の映像。
日本のファンがSNSで声を上げたことでブロードウェイが動く、すごい時代だと思うと同時に、本国スタッフからのメッセージに様々な思いが浮かんだ。
いつか語ろうと思っていたことのもう一つ、今日はキンキーブーツを綴ろうと思う。
ブロードウェイミュージカルという存在
大学生の頃アメリカ好きで、旅行に行った時にはできるだけ舞台のチケットを取って観に行っていた。
ラスベガスのショーは皆が純粋にエンターテイメントを楽しみに来ていた。
一方、NYのブロードウェイミュージカルはどこか緊張感のようなものがあった。観客の目が肥えていて、反応がダイレクト。舞台装置も凝っていて、演じる側の本気度がすごく、素晴らしいステージの時の一体感や観客の歓声はゾクゾクした。
LAとサンフランシスコはその中間。ツアーで回って来た作品にミュージカル好きな常連さんが集まる、大人の社交場のような雰囲気があった。
NYは反応が良ければロングランになるし、悪ければすぐに上演打ち切りになる。人気のある作品はキャストが変わっても続くし、ブロードウェイで上演しているチームと、他の都市を回る全米ツアーチームが別だったりする。
完全実力主義のオーディション制だから、世界中からブロードウェイを目指してダンサーやシンガーが集まる。観る側も演じる側もブロードウェイにとても誇りを持っていたように思う。
2016年にブロードウェイミュージカルの主役に三浦春馬さん、というニュースを聞いた時は驚いた。しかもドラァグクイーン?
日本のミュージカル俳優のほとんどは、元々劇団四季か宝塚か、音大声楽科か歌手。いくら春馬くんが歌が上手くて舞台踏んでいるとはいえ、、、、
キンキーブーツはトニー賞を6部門とった人気作品。音楽監修をされたシンディ・ローパーさんは世界的歌姫で注目度も大きい。
春馬さんが「この役をやりたい」と志したという2013年の時点で舞台経験は3作品。その後、キンキーブーツまでに出演したのは「地獄のオルフェウス」こちらはストレートプレイだから、実質初ミュージカル。ミュージカル俳優として世間ではまだ駆け出し感のあった時期。
場合によっては、「アイドル俳優が知名度だけで」 と叩かれ兼ねない。
物凄い度胸と、チャレンジ精神だと思った。
まさに「果敢にもこの作品に頭から飛び込んだ (Rusty Moweryさん:振付師)」挑戦だったと思う。
異性を演じるということ
欧米ではローラのようなL G B Tの人の役は、実生活でもL G B Tの人が演じることが多いという。ノーマルの人が演じる方が差別と捉えられることもあるそうだ。
そう考えると、日本はちょっと特殊な文化なのかもしれない。
歌舞伎では男性が演じる女形が花形だし、宝塚では女性が演じる男役が花形だ。
中にはL G B Tの方もいらっしゃるのかもしれないけれど、ほとんどの方は純粋に演技として演じている。
性別を超えた役というのは、日本人にとっては歴史的に演技の究極の位置にあるように思う。
キンキーブーツのローラは、超ミニスカートで体のラインを思いっきり分かる衣装で華やかに歌い踊る一方、ボクサーとして男性らしさも同じ舞台で演じる。
ちょっとぶっ飛んだ設定のこの役は、演技を追求する春馬さんにとって、チャレンジ欲を掻き立てられる最高の役だったのではないかと思う。
アメリカやオーストラリアでローラを演じた方は、元々同性愛者でプライベートでもドラァグクイーンとしてパフォーマンスしていた方もいらっしゃるそう。普段からちょっと女性らしい仕草が多く、ローラ役もとてもナチュラルに演じている。
一方、春馬さんは元々結構男っぽい。少年の頃から割とガニ股で歩くし、座る時はお膝が思いきり開いていた。だから大人っぽく見えたし、15歳で妊娠させちゃう役も納得出来たし、かなり年上のお姉さまから見ても「かっこいい」と思えた。
ローラを演じるには、歩き方から仕草まで相当な研究と練習をしてのチャレンジだったと思う。
そして、これ以降、ゲイやバイの噂がつきまとう。10代の頃から役柄に本人のイメージが同化しがちだった春馬さん。これもかなりのチャレンジだったと思う。
2016年の驚き
2016年、ゲネプロの様子は驚きをもって伝えられ、結果的に杉村春子賞を受賞するなど、称賛された。
世間的には女装姿に驚いた人の方が圧倒的に多かったと思うけれど、何となく「似合うだろうな」と予測がついていた私は、この華やかな姿には「やるねー」と笑いがこみ上げ、どちらかというと、歌に驚いた。
シンディ・ローパーさんの曲は難しい。
ポップで一見歌いやすそうに聞こえるけど、「七色の声を持つ」と言われる彼女の曲は、微妙なニュアンスで表情を作る部分が多く、歌の上手い人が譜面とおりに歌っても単調な曲に聞こえる。独特のグルーヴ感があり、ノリ切れないと全くカッコいい曲ではなくなってしまう。
シンディ・ローパーさんの前でオーディションを受けた時には「歌に関しては私のレベルには達していない」とはっきり言われ、彼女の専属ヴォイストレーナーのもとに習いに行ったという。
ヴォイストレーニングは公演約2か月前の1か月間だったという。
そんな短期間で歌唱力が何とかなるなんて、聞いたことがない。
相当練習したと思う。
当時の報道ではシンディ・ローパーさんのことや、ヴォイストレーニングのことはあまり取り上げられていなかったが、音楽好きの私としては、これが最大の驚きだ。
春馬ローラの進化
2016年と2019年の進化は随所に感じられるのだけれど、特にミラノのショーでブーツのお披露目として歌い踊る「RAISE YOU UP 」
このシーンはもはやドラァグクイーンの域を超えて、ステージに立つ女性モデルの動きそのもので驚いた。
ステージモデルは360度、動いている最中にどの角度から写真を撮られても綺麗な姿勢になるように歩き、ポーズをとる。
何気なく歩き、スッと立っているようで、足、腰、肩、腕、首、指先、と、微妙に角度が計算されている。
この動きが、2019年本番の春馬ローラは完璧にできている。
「女性らしい動き」ではなく、女性の中でも特別な女性。
しかも、歩きもポーズもリズムに合っててキレッキレだ。
さらに、正面を向いて立つ時はちょっと内股になっている。
これによって、上品で可愛らしさが感じられる。
何気なく立っているけど、これはかなり難しい。
通常、女性モデルがヒールで立つ時、つま先はやや外向きにする。
内向き(内股)だと膝が開いてO脚に見えてしまうし、腿が開くとだらしなく見える。何より高いヒールで内股はバランスが取り辛い。
しかし、春馬ローラはやや内股なのに、膝が開いていないく、どこで映像を停止してみても美しい。
2016年の時にもこの姿勢はできていて、「すごいな」と感心していたのだけど、2019年は完璧に自分のものにし、何気ない動きの中もしなやかに、指先まで計算された角度が保たれている。
それまでの2年間、彼は一人で努力を続けていたに違いありません。私の想像を超えて進化し、役を自分のものにしたという自信に満ちていました。
ー Rusty Mowery さん(振付師)
モデルやダンサーが本業ならいざ知らず、あの忙しさの中でこの進化。
もう、amazing!だ。
俳優、三浦春馬ならではのローラ
今回、いろいろ気になって世界各国のキンキーブーツチームの動画も見てみた。
脚長ローラさん、キュートなローラさん、パワフル元気なローラさん。
それぞれ個性があって、「ブロードウェイは役を演じるのではなく、役を生きる。」という言葉がなんとなく分かった気がする。
その中で春馬ローラさんは、「俳優・三浦春馬」が存分に生きていた。
歌の上手さでは、他に上手い人はいるかも知れない。
ただ、キャラクターとして見ると、表情豊かな春馬ローラはとても魅力的だ。
元々微妙な表情が上手く、表情豊かな春馬さんは変顔も上手い。そして、それを場面に応じて使い分け、歌やセリフのリズムに合わせるのがとても上手い。
ついでに、顔だけじゃなく声も七変化の上、時々「Wow!」とか 「Ah!」 という高い声や、一瞬ドスの効いた唸り声のようなアクセントが効いている。
これ、声の質は違うけど、シンディ・ローパーさんが天才的に上手い部分。
シンディ・ローパーさんを意識して「彼女の曲らしさ」も生かして役作りをしたのか、純粋に「春馬ローラ」のキャラクターとして取り入れたのか?
いずれにしても、こういった細部にこだわった役作りが出来るのが春馬さんの凄いところだと思う。
春馬ローラ真骨頂のシーン
これまで公開されていたゲネプロの動画にはなく、今回のトリビュート映像で初めて公開された映像で、私が何度も繰り返して見てしまった部分がある。
最後の曲「JUST BE」の中で6ステップを紹介する部分。
「つまりこうやるのよ」の後、「And it goes like this」の最初の低い唸り声。
一番響いているベースの音と共鳴してうねりのようなグルーヴが生まれている。
そして、1、2、3、4、5、と一歩づつ下がるだけなのに、春馬ローラの表情と動きでだんだんテンションが上がり、5(小池徹平さん演じるチャーリー)から6(ボス)に移るところでジャンピングターン。
「え!?今の何??」
15cmヒールで360度のジャンピングターンして、チャーミングなキメ顔!?
ブロードウェイミュージカルは基本的に歌も踊りも全て決まっている。世界各国で上演されている、ってことは、他の国のローラさんもこれをやっているのか気になって見てみた。
他の曲はほぼ動きが一緒。「SEX IN THE HEEL」なんて歩数まできっちり決まっているようなのに、この「JUST BE」は割と自由なのか、それぞれのローラさんの特徴がよく出ていた。
で、問題のシーン。
いやいや、みんなそんな唸ってないし、大抵180度づつ片足つけたままのターンで、ジャンピング360度ターンしているローラさんなんていない。
このシーンはキンキーブーツで伝えたいメッセージを紹介する大切なシーン。
そこでこの動き!
声、顔芸、リズム感、身体能力という才能を凝縮した春馬ローラ真骨頂!
このシーンを入れていただいたブロードウェイチームには本当に感謝したい。
日本チームのクオリティの高さ
海外チームの映像も見て思ったことは、日本チーム凄い!ということ。
春馬ローラ自身ももちろんだけれど、ローラとエンジェルスの一体感を考えると本国にも負けていない。
ピンヒールを履いて歌って踊るのは、女性でも安室奈美恵さんかPerfumeくらいしか思いつかない。
Perfumeのヒールの高さは6cmから10cmだという。
キンキーブーツは12cmから15cm。いかに高いかがわかる。
それを普段ヒールを履かない男性が履いて踊るのだから、この舞台は設定そのものがとんでもなくハードルが高い。出演者全員尊敬する。
「男性の体重をヒールで支えるのはかなりの負担で、終わった後は足を氷で冷やしている」と春馬さんがインタビューで語っていたことがある。アスリートの世界だ。
そんな中、ローラ同様ほぼずっとヒールを履いているエンジェルスの皆さんの、足捌きや手の動きの綺麗さ、全員の揃い具合も素晴らしい。
彼は、参加した他の俳優たち全員に対して非常に高いハードルを設けました。
ー Stephen Premus(音楽監督)
おそらく、ブロードウェイミュージカルの名に恥じないように、と妥協しなかったことだろう。
テレビと舞台の違い
舞台とは離れるが、もう一つ感心したことに、2018年12月に出演したF N S歌謡祭でのパフォーマンスがある。この時の春馬ローラさんは「テレビ用」の動きだった。
舞台は遠くから見てもわかるように大きい動きをする。一方テレビは画面の大きさが限られ、視聴者は舞台よりアップで見えるから自然な動きが求められる。(と言った旨を春馬さんが時々語っていた)
立っている時の脚の開き方、手を上げる時の肩の動かし方が舞台ほど大きくなく、とても自然でエレガント。
しかもポーズやスキップして移動する時の身体の向きは、しっかりカメラの位置に向けて美しいラインが出る角度になっている。
「愛はFire〜」の部分では肩をあまり揺らさず、首を絶妙な角度で傾けているから、首から胸にかけてのラインがとても美しく、胸の筋肉がバストの谷間のようにさえ見える。
そしてウインク!
わずか4分ほどのパフォーマンスの間に、カメラ目線で違うポーズでウインク4回!!
こんなに効果的にチャーミングにウインク出来る人は、滅多にいない。
この1回のテレビ出演のためにどれだけのリハーサルを行ったのかは分からないが、恐らく自分でテレビ向けの動きを考え、カメラの位置に合わせた動きをしたのだろう。
スターの資質を持った人でした。
彼にステージライトが当たる時、彼がスターである理由が観客には分かるのです。誰から教わることもなく、自分で表現できたからです。 ーD B.Bonds さん
「いずれ、指導者になりたい」と言っていたが、こんなに若くしてここまで使い分けられる人はなかなかいない。エンターテイメント界にとって、本当に惜しい人材を失ったと思う。
キンキーブーツと春馬さんのメッセージ
ブロードウェイチームの動画には、キンキーブーツが作品を通して伝えたいメッセージがしっかり含まれていた。
華やかなパフォーマンスと、音楽に気をとられがちだから、ジェンダー問題、親子の問題、自己表現など、様々なメッセージが含まれていて、実は深い。
1. Puesue the truth
真実を追いかけること
2. Learn something new
新しい事を学ぶこと
3. Accept yourself. And you'll accept others , too
自分を受け入れれば、他人を受け入れる事もできる
4. Let love shine
愛を輝かせる ←これ重要
5. Let pride be your guide
プライド(誇り)を掲げよう
6. You change the world, When you change your mind.
自分が変われば世界も変わる
春馬さんはこのメッセージと、大学生の頃の私が感じていたような、舞台の演出や演技やダンスの技術そのものを人々が楽しみ語り、演者と観客が切磋琢磨し合うような演劇文化を日本に浸透させたくて、このキンキーブーツにチャレンジしたのではないかと思う。
そして、再公演、再々公演、と、ブロードウェイのように何年も続き、多くの人にみてもらえる作品にしたかったのではないかと思う。
今後、日本で2代目ローラにチャレンジする人は現れるのだろうか?
ドラマや映画と違って、キャストが変わることが常なミュージカルならあり得ること。何年後か、2代目が出ることで春馬ローラはまた次世代に語り継がれて行くのかも良いかも知れない。
その前に、いつか、舞台全体を撮った映像を編集なしそのままで良いから、映画館でゲキシネみたいに公開していただける日が来ることを楽しみにしている。
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