バーコード(4)

 若松氏が深く傾倒するローマ教皇フランシスコ一世は、その人達のために祈り、活動する、という、ある意味では政治家以上に、極めて能動的な人物だ。誰もが怖がって近寄らない不潔で治安の悪いファベーラだろうが、真っ白な僧衣のままで出かけ、一人で歩いて帰るのが常だった、という逸話もある。日本での、あの人生相談の答え方を見ていても、相当底意地悪いところもあるよなあ、この人、とも思わずにいられなかった。

 イタリアの図書館の史料室にも時々僧衣の人がいるが、学究肌の僧には、ものすごく目つきが鋭いのがたまにいる。単なるガミガミじじいなら、そのへんの中学校の先生と同じで、こんなの巻くのはちょろいよな、と思う私だが、あの大組織には、人が好さそうに見えて煮ても焼いても食えないのもいれば、もしかしてゴルゴが化けてんじゃね?という目つきの鋭いタイプもいる。彼らを束ねているのは化けもんだ、くらいの認識は持つべきだろう。

 もう一人、若松氏が好んで言及していたメルケル首相にしてもそうだ。訪英の時に、腰が痛いのかヨタヨタ歩きであきらかにご機嫌もうるわしくないエリザベス女王との立食パーティで、メルケル首相はさりげなく横に立ち、子どもにそうするように、その大きな体を屈めて話しかけていた。離脱を決めたイギリス側の度重なる貿易交渉にも、やはり子どもに説いて聞かせるように、そんなことはとてもできないのですよ、というのに包み込むように穏やかな口調だったのもそうだが、彼女はとても大きい。しかも、相手にしているのは、スーパーのレジ打ちのおばちゃんではなく、国家元首だったりする。

 日経にはここ一年、メルケルやめろ、はやくやめろ、という論説が幾度か載っていたが、どんだけ器が大きいんだよ?!は、ドイツ人も感じているところだろう。いや、むしろ、こっちはそこまで大きくなれないと思わせてしまうところさえあったのではないか。

 余談だが、ミシェル・オバマ夫人は、訪英の際、同じようなレセプションで、あのヨタヨタ歩きを庇うかのようについ女王の腰に手を回しているのがテレビの画面にもはっきり映っていた。わあぁっ、これはめりけん、めりけんしかやらない、と私は固唾を飲んだものだ。いや、イギリス人だって、地下鉄のホームの白線の外側をああいうおばあちゃんが歩いていたら、とっさに体に触れて支えたり、歩き方がたどたどしいのだからよくよく注意してほしいと伝えるはずだ…しかし、いずれも、畏れ多くも女王陛下に対しては、そんなふうに、その辺のヨボヨボしたおばあさんのように扱うことは、マナー違反にあたりかねない。むしろ地下鉄の方が急停止するべきだ、とされるのがイギリスなのだ。

 おそらくテレビの前のよき臣民たちは、とっさに彼女が顔をしかめていないかどうか、確かめたに違いない。ウィリアムとキャサリンの婚礼でも、「見て!女王が笑ってる、笑っているわ!」と、本人達よりそちらを気にしていた人がいたのも目の当たりにしたし、連合王国(U.K.)ではなく、Britainとして参加したオリンピックの開会式でも、どうもクイーンの表情がかたかった、と囁かれていたが、「イギリス人はオープンに王室のワルクチを言う」と言われるわりに、いかに忖度能力が高いかは、推して知るべしだとよく思う。

 ガイジンから見れば、君たちがそんなことばっかりやってるから、国全体がおかしくもなるんだよ、とも思うし、ミシェルは人間として至ってノーマルなことをしただけなのだが、、カメラの前でもはらはらとかこちがほなるわがなみだかな、を晒すチャールズ皇太子には風当りの強いイギリスでは、あれだけヨタヨタしていても健気なエリザベス女王を称える人は多い。そういう人達にこそ、弱さを認めましょう、弱さからはじめましょう、と説くべきかも知れないが、わたしは宣教師ではないので、やっぱりすでにおかしいんだよなあ、あそこ。若ハゲが増えてるだけじゃない、と思うだけなのである。

 それなのになぜ、わたしはこの「弱さ」をテーマにした本を、それも多少は期待はしてkindleで購入したか。それは令和の人々が向かいあうべき問題として、「個々人の力ではどうにもならない格差、というものがあるのか」「あるとしたらどのように超えるべきか」で、まさに「ある」という前提から出発した話を読んでみたかったから。

 でもこれでは「自助」を標榜する人達との接点を見つけづらい平行線になってしまいそうだなあ、というのが正直な感想ではある。

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