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【急募】月での餅つき業務

夢は面白い。自分の想像力を遥かにぶち抜いた傑作に出会うこともある。
今日も衝撃的な夢を見たので、記録に残そうとキーボードを叩いてみた。

気づいたら月にいた。周りには真っ白なウサギがたくさんいて、なにやら噂話に花を咲かせているようだった。

「あの ”餅つき” 業務のポストが空いたらしい」
「マジか。俺も応募してみようかなあ……」
「やめとけって。あんなの一握りの勝ち組なんだから」
「まあ分かってるけどさあ。夢くらい見たいじゃん? いいなあ、一生この星に養ってもらえるんだろ?」

なるほど。どうやら「月にはウサギが住んでいて、お餅をついているんだよ」という祖母の教えは嘘ではなかったらしい。正直もっとメルヘンな世界だと思っていたが、ここの住民たちはまあ随分と現実主義者であるようだ。

彼らが投げ捨てたチラシには、件の求人について事細かに書かれていた。

【急募】月での餅つき業務
地球の生物にも観測される、この星の花形業務!
皆一度は憧れる、餅つき業務にチャレンジしてみませんか?
希望者は、星を挙げて支援いたします。
【給料】月給1,000,000円~(応相談)
【待遇】ご家族の生活も生涯星が保証します。
【採用予定人数】1名

なんだこの地球人もびっくりのトンデモ求人は!!!!!!!!!!


添えられたイラストがファンシーなのが、より一層内容の異質さを際立たせている。
それにしても、と考え込む。
何かが喉に引っかかるんだよな。
皆がやりたがらない仕事の給料が高いのはよくあることだけど、よりにもよって星一番の人気(であろう)職がこんなにも好待遇なのはちょっと……

おかしくないか?

「その顔、お前さんも気づいたみたいだな?」
弾かれるように顔を上げると、光沢のある漆黒のコートに身を包んだウサギがそこに居た。
チラシをひょいと取り上げ、ひらひらと宙にかざす。

「お察しの通り、この話には裏がある」
こちらを一瞥して、謎のウサギは滔々と語り始めた。

「お前さん、新入りだろ?どうもこの星の匂いがしない。何でこの星のウサギどもが誰も飛び跳ねないか不思議に思わないか?」
言われてみれば、どのウサギも足裏をぺたぺたと地面につけて歩いている。
文字通り地に足のついた生活をしているようだ。
「この星の重力は異常に小さいんだ。一回飛び跳ねたら戻ってこられなくなって死ぬ。だから誰も彼も歩いてるんだ」

一回飛び跳ねたら死ぬ!!??!!!?!???!!??!?

好奇心で飛ばなくてよかった、と心から安堵した。

「話は変わるが、餅つきって結構重労働だよな。
地球から観測できるってことは相当でかい道具を使ってるんだろうし、力も要る。
全力で餅をつけば、その分反動もすごいんだろうな」 
急展開もいいところだ。全く話が見えない。
全力で衝撃を加えれば多少身体が浮くくらい反動があることなんて、小学生でも分かることだと思うけど。

ん?浮く……?

「俺たちの身体は軽いから、餅をついた反動で十分宙に浮いてしまう。全力でやれば持ってる杵ごと勢いよく飛ばされて、戻ってこられなくて死ぬ。
だけどお偉いさん方は、地球から観測したときの見た目が悪くなるから~とか言って命綱なんて用意しちゃくれない。杵と餅の粘着力だけが命綱なんだ。ふざけてるだろ?」 

だからさ、と呟いて彼はこちらを覗き込む。
「このタイミングで求人がかかる意味が分かるか?」
「……死んだ?」
「そう」
びりびりに破かれたチラシが宙を舞った。

「まあつまり、星一番の花形の仕事は実は常に死と隣り合わせの仕事でしたってことだ。だから家族の生活まで永久保証とかいう破格の待遇の求人になる。
これは一応国家機密らしいから、迂闊に触れ回るとお縄になるぞ」
最後にはいたずらっぽい声色に変わる。脅しのようで、これは一応彼なりの親切なのであろう。

「普通に考えればまあ多少は条件がおかしいと気づくもんだが、どうもこの星には疑うということを知らない奴が大勢居るらしい」
だからこの仕事は未だに花形面してられるのさ、と彼は吐き捨てるように笑った。

うわあ…………。
事実が明るみになってみれば、まったく何と恐ろしい求人であったことか。地球人が呑気に継承してきたおとぎ話の裏側には、命をかけた壮絶な労働環境が存在していたというわけだ。
でも、どうして……

それ国家機密をこのウサギが知っているんだ?

「さあな?」

目を離した次の瞬間には、既に彼の姿はなかった。
結局彼は何者だったのだろうか。
でもそういえば、他のウサギたちと比べてやけに質の良いコートを羽織っていた気が……

ここで目が覚めた。
おはよう。


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