寝太郎だらけのこの浮世にも

「三年寝太郎」

嘘みたいなタイトルだが、実在する絵本のタイトルである。


「三年寝太郎」はある働き者の百姓が母の死をきっかけに、毎日寝てばかりの怠け者になるのだが、三年の時を経て(文字通り)覚醒し、不作で苦しむ村人のために川から用水路を引く話だ。


この話を読んだとき、まず思った。これ、「うつ病」の話じゃね???と。


もともと真面目すぎる人間がある日を境にプツンと糸が切れたように床から起きられなくなる、というのはうつ病患者の体験談でよく耳にするものだし、自分にも覚えがある。


どうやら同じことを思った読者は多いようで

「三年寝太郎」と検索するとサジェストに

「三年寝太郎 うつ病」と出てくる。


どうやら、寝太郎こと元働き者の百姓の三年にも及ぶ眠りはうつ病の仮眠症状に該当するようだ。三年の月日を経て、覚醒する様子もうつ病患者の社会復帰と重なる。


三年寝太郎(の元となった民話)の背景には江戸時代の過酷な税制度があると言われている。働けど働けど暮らし向きは豊かにならない農民たちの悲鳴が、三年寝太郎という物語を作り出したのだそうだ。


しかし、この物語、「今は昔」という言葉では切り離せないリアリティがある。400年近く経とうというのに、農民たちの悲鳴は今なお生々しい。どこか既視感があると思ったが、Xで流れてくる友人たちのつぶやき、それと重なるのだ。社会に出て「しにたい」「きえたい」と呟きながら馬車馬のごとく働かされている友人たちと、床にふせる前の寝太郎の間にはおそらく、そんなに距離はない。「今は昔」 ではない。「今も昔も」搾取され続ける人間は存在する。その結果床に伏せる人間はむしろ、現代の方が多い可能性だってある。リリー・フランキーが「鬱は大人のたしなみ」みたいなことを言っていたが、この狂った世の中では寝太郎になる人間の方がマトモな感性を持っている気がする。注視するには世界はグロすぎる。眠ってやり過ごすのは、冴えたやり方なのかもしれないね。



千年眠りたい

と、時々思う。


千年も眠ったら

いじわるな人は皆死んでいるから。



寝太郎の偉いところは、三年の眠りから覚めてやったことが社会貢献だったことだ。怠け者だと馬鹿にされていた寝太郎だったが、用水路を引くというウルトラCが成功したことで、急激に株が上がっていく。


案外、こういう大きなことを成し遂げるのは

社会を外側から見られる

一度社会からドロップアウトした人間なのかもしれない。


寝太郎だらけのこの浮世にも希望はある、そう思いたい。





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