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『関心領域』の邦題がSNSマーケティング観点でいかに優れているかについて

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0.ジョナサン・グレイザーが放つ問題作『関心領域』が公開中

 5月24日(金)よりホロコーストを題材とした『関心領域』が公開され話題となっている。本作は2024年のカンヌ国際映画祭にてグランプリを受賞したほか、第96回アカデミー賞では国際長編映画賞、音響賞を受賞している。

 ホロコーストを題材にした作品は毎年のように日本で公開され話題となっている訳だが、本作はいつも以上の盛り上がりを魅せている。大きな理由として4つある。

■話題のポイント①:ジョナサン・グレイザー新作

 ひとつ目は、ジャミロクワイ「ヴァーチャル・インサニティ」のMVや難解カルト映画『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で知られるジョナサン・グレイザー監督による久しぶりの長編映画ということだ。彼は、観客を惹きこむ画作りの中、ジャンル映画の紡ぎ、その中でジャンル映画を解体し、問題提起や思想を提示していくことを得意としている。

 実際に、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』ではスカーレット・ヨハンソン演じる宇宙人が、美貌に惹かれて歩み寄る男たちの皮を剥ぎ取ることでルッキズム問題を批判してみせている。

■話題のポイント②:異色のホロコーストもの

 ふたつ目に、ユニークな作劇が挙げられる。ホロコーストものの多くは、虐殺されるユダヤ人の凄惨な状況を描く。しかしながら、『関心領域』では直接虐殺の場面を描かない。ポーランド・オシフィエンチム郊外に設けられたアウシュビッツ強制収容所群を取り囲む地域”The Zone of Interest”を舞台に、関心の外側にユダヤ人を意図的に置きながら淡々と虐殺を行使していく人たちの一見すると牧歌的な日常を通じて凄惨さを表現していくのである。いくら無関心でいようとも、銃声や叫び声は空気中を伝わってくる。その気持ち悪さが映画を支配しているのである。

 しかし、これは実際に第二次世界大戦中、多くの収容所周辺で日常的だった光景である。実際に、9時間27分かけてホロコースト関係者のインタビューを繋いでいくドキュメンタリー『SHOAH ショア』では、トレブリンカのすぐそばに住んでいる農民たちが、収容所で恐ろしいことが行われていることを銃声などの「音」で認知しながらも、感覚が麻痺し、意図的に「無関心」の領域にその凄惨さを置いていたことが告白されている。元SS伍長フランツ・ズーホメルも、ホロコーストの実態が明らかになった数十年後の世界であっても、人の心を失ったかのように収容所の地図を指し示しながら虐殺のメカニズムを語っている。

■話題のポイント③:賛否両論、白熱議論で盛り上がっている

 みっつ目に、本作はX(旧:Twitter)を中心に賛否両論や議論を巻き起こしているところにある。ジョナサン・グレイザー監督は、短編映画かと思うほど手数を最小公倍数的に減らしていく傾向がある。『関心領域』も同様に、「収容所内部を魅せずにホロコーストを描く」コンセプトだけで105分持たせており、銃声や叫び声などのバリエーションも思いのほか少ない。そのため、観る前に大体、鑑賞後の感想が作れてしまい、実際に鑑賞したところであまり変わらないことから、「退屈だ」「つまらない」と一部の間で評価されている。わたしもこの意見には同意である。ただ、踏み込んで言えば「ズルい」といった感覚の方が適切なのかもしれない。一見すると、味気ない作品に見えるのだが、花のクローズアップが集団墓地の匂いを消すために機能していたことを示していたり、劇中で言及される「カナダ」が国ではなく、アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の保管倉庫を指しているといった細かい要素が張り巡らされており、「退屈だ」「つまらない」と言った瞬間に、「それはあなたの関心領域の話です」の一言に還元されてしまう。この批判を無効化してしまうような作りに「ズルさ」を感じた。ただ、国際的には先述のように大きな実績を挙げており、監督の中では一番の成功作となっている。

 また、もうひとつ、物議を醸している部分がある。本作を「悪の凡庸さ」と絡めて語る危うさである。ハンナ・アーレントが「エルサレムのアイヒマン」で提唱して以降、「誰しもが社会の歯車となり悪を働きかねない」といったニュアンスで使われる傾向がある。しかしながら、ハンナ・アーレント自身はそのような考え方を批判しており、この理論を強化するために引用されるミルグラム実験に関しても「誘導と共生は同じだという無邪気な思い込み」と評している。それにも関わらず、映画のコメントを始め誤用されるケースが相次いでおり、「<悪の凡庸さ>を問い直す」の編集に携わった社会学者の田野大輔氏が指摘して回っている。『関心領域』はむしろ、こうした俗流の「悪の凡庸さ」を問い直す内容ともいえる。フランスの老舗映画雑誌カイエ・デュ・シネマでも「悪の凡庸さ」という形而上学から脱するための具体的な手法を模索する作品と批評している。

■話題のポイント④:シンプルでユニークな邦題

 そして、最後になんといっても邦題の素晴らしさにある。”The Zone of Interest”を直訳し『関心領域』とした訳だが、過去にあまり観たことのないような邦題ともいえる。シンプルでありながら、Superdryを「極度乾燥(しなさい)」と訳すようなギコちなさがある。なによりも、呪術廻戦の技名を彷彿とさせるカッコよさがあるのである。

 また、この邦題はSNSマーケティングの観点から今年最も注目すべきものがある。一時期SNSコンサルタントとして働いたことのある立場から、今回は『関心領域』におけるSNSマーケティング戦略の話をしていく。

 併せて、Web系映画ライターとしてPV数が重視される中、いかにして記事を届くべき人のもとへ運んでいくのかを、CINEMAS+さんに寄稿した記事《<考察>『関心領域』問い直される「悪の凡庸さ」について》を例に解説していく。

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