『イニシェリンの精霊』アンビヴァレントなキャラクター描写のなかに燦然と輝く普遍性
監督
マーティン・マクドナー
脚本
マーティン・マクドナー
製作
グレアム・ブロードベント
ピーター・チャーニン
マーティン・マクドナー
出演者
コリン・ファレル
ブレンダン・グリーソン
音楽
カーター・バーウェル
撮影
ベン・デイヴィス
編集
ミッケル・E・G・ニルソン
〈あらすじ〉
本土が内戦に揺れる1923年、アイルランド西岸沖に浮かぶ架空の離島・イニシェリン島で暮らす心優しく気のいい男パードリック(コリン・ファレル)と音楽を愛する初老の男コルム(ブレンダン・グリーソン)、親友同士である2人が仲違いしていくさまを描く。
前作『スリー・ビルボード』でも顕著であったように、マーティン・マクドナー監督(演劇作家としても活躍している)の特異なキャラクター描写を駆使したストーリーテリングの持ち主だ。
今作『イニシェリン島の精霊』でもその持ち味は遺憾無く発揮されている。
マーティン・マクドナー作品のキャラクターは一面的な心の持ち主では決してなく、常に多面的な言動を繰り返すのだが、それが今作でもとても効果的に作用しており、観客をラストのラストまで落ち着かせない。
『スリー・ビルボード』と同様に、『イニシェリン島の精霊』は村社会で育った故の無垢でアホでマヌケな主人公たちが、復讐劇という名のいたちごっこをエスカレートさせるさまを楽しめる。
作家性ともいえるであろうが、単にアホでマヌケな彼らを「被害者/加害者」として区分せず、村社会の被害者として見守る監督の優しい視線こそが今作の特徴であろう。
その極度にアンビヴァレントなキャラクター関係の中にこそ、"微か"だが燦然と輝く人間性のおかげで、この『イニシェリン島の精霊』はこれ以上ないほどの普遍性を獲得している。
美談だけではなく、「俺は好かれている自信がある」といった常に独りでは入れない"オトナ"(コリン・ファレルのカラッポ人間演技が素晴らしい)の幼稚性と暴力性が描かれているのも好ましい。
アイスランドの茫然と広がる絶景を使った撮影も、ストーリーテリングに作用していて見事だ。