見出し画像

ストーリーテリングの未来を感じるゲーム『Florence』感想

たまたま時間が空いたので、DLして以降「積んだ」ままになっていたiPadのアプリゲームをやってみることにした。前評判によれば、ゲームだったかアートだったかとにかく何かしらの分野の賞を受賞していて、可愛らしいイラストや音楽へのこだわりが高い評価を受けているとか、そんな感じのゲームだったはずだ。

「はじめから」ボタンを押してすぐに、説明もなくお話が始まった。なんとなくそれっぽい場所をタップしていくだけで次々と場面が移り変わっていく。なるほどこのアプリは初見でも直感的に操作できるようになっている。高い評価を受けそうだな、なんてこの時点で少し思う。

序盤で理解したのは,主人公は中国人の20代中頃の女性という、自分と似たプロフィールを持っていること。そして物語に「あるある」がたくさん詰まっていること。目覚ましをセットした時間から何度もスヌーズをかけてしまったり、通勤電車ではスマホ片手に友達のSNS投稿にいいねを押す「作業」をしていたり、仕事がつまらない退屈なものに思えたり…。そしてそれが毎日繰り返される。はっきりと示されているわけではないのに、この子の人生は今退屈な時期なんだなというのがズキズキと伝わってくる。

そして場面は子供の頃の回想シーンに進む。ここにもたくさんの「あるある」。何でもない落書きでも楽しかったな、とか。あの頃の友達と訳もなく疎遠になったな、とか。落ち込む主人公に寄り添いたくて、私もそうだよ。と心の中でつい呼びかけてしまうほどの共感。操作もタップだけでなくスクロールを混ぜたり、画面の回転を使ったりといった変化で全く飽きさせない。こういうところも他にないすごさなんだろうな、と自分の中での評価が右肩上がりに伸び続ける。

その後も話は続いていき、結果として主人公はある男性と出会って、付き合って同棲までして、しかし別れる。伝えたい感動ポイントは多数あったけれど、一番の感想としてはフィクションの人物の人生をこんなに近くに感じたのは初めてだったということ。同棲しはじめに彼氏の荷物を棚に並べるという超個人的で些細な行為なんて、例えば漫画だったら丸々省略されているんじゃないだろうか。同棲することが合意できた次のコマで引越しは完了しているし同じ食卓でご飯を食べているはずだ。それがインタラクションを含むゲームだからつまらなく感じないし、記憶に刻まれる。だから別れるときにその荷物を回収する伏線回収がしんどすぎて主人公と一緒に泣いてしまう。問題解決のためでもなく動きを楽しむためでもなく、ただ心に事実を刻むためだけのインタラクションがあるなんて考えたこともなかった。

今まで物語を伝えるのに最善の方法は小説か詩だと信じていた。それはそれらが鑑賞者の能動的な関与を必要としていて、かつ想像の余地を残しているメディアだからだ。しかし、その認識を修正すべき時がきたのかもしれない。このアプリはゲームだからこそできるアニメーションとインタラクションという表現方法を使って、他人の人生を丸ごと追体験しているような、従来のどのコンテンツとも違う感覚を味あわせてくれた。インタラクションで伝えられることがこんなにもあるんだと気づき、裏切られ、今後の期待が止まらない。Florenceはストーリーテリングの未来を感じさせてくれる最高の作品だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?