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コンテンツ感想「兎が二匹」

とりあえずサクッと泣きたいような時、観たり読んだりするコンテンツというのがいくつかある。2巻完結の漫画、『兎が二匹』(山うた、新潮社)もその中の1つである。不老不死の女性と、その女性と一緒に暮らす青年の話。

不老不死設定というのは小説や漫画の中でやり尽くされたネタのようにも感じられるが、代表的な作品はというと意外と思いつかない。最近だと漫画『亜人』や『不滅のあなたへ』などはここに該当するだろう。しかし彼らには(少年漫画ならではの)与えられた使命や戦う相手が存在する。対してこの作品では、普通の人間が不死身になってしまった時、他の人間とどう接していくのか、死ねない故にどんな悲劇が生まれるのかを、ある意味とても現実的に描くことに注力している。何度も「必ず」残される人間の辛さをここまで具体的に描写した作品は他にはないのではないだろうか。

話は主に不老不死の主人公・すず視点で語られる。すずはまともに挨拶もできないくらい内気な女性で、事あるごとにきちんと精神的に深い傷を負っていく。だからこそ「もし、自分がこの主人公と同じ立場だったら」という想像を掻き立てられ、すずと一緒になって胸が締め付けられるような思いを物語の中で何度も味わった。

漫画にとって重要な要素がストーリー、キャラクター、世界観、絵だとして、この作品は中でもストーリーがひたすらに良い作品だと思う。特に情報を出す順序が上手い。1巻冒頭のシーンですずは日課・自殺として、青年サクは日課・自殺幇助として紹介されるというかなりショッキングな始まりであり、徐々にこの二人の関係性や過去が明かされる。すずの虐げられてきた歴史や自殺が日課になった理由が描かれるのは2巻なので、読み終わった瞬間にすぐ1巻に戻って読み返したくなるような作品である(実際読み返した)。

この作品の大きなテーマはすずとサクとの間に生まれる愛ではあるが、立場的にはモブキャラに位置する人々までもが生き生きとした表情で描かれていて、それが広島の空襲によって全て崩れ落ちる悲惨さまでを含めて、色々な人の人生を描いていることがこの作品を単なる恋愛ストーリーに思わせない。ラストは読者に想像の余地を残すもので、後味は決して良くはないが、兎でなく人間も寂しいと死んでしまうことが物語の中で示唆されているように、不老不死という誰もが一度はそれを手にすることを考えたことがあるような理想を手にしたとしても、きっと人の人生にとって人間同士の触れ合いが何よりも重要なのだろうと思わされた。


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