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「デンマークはパラダイスではないよ」

デンマークのフォルケホイスコーレでは学生の95%はデンマーク人、そのほかはアルバニア、コスタリカ、日本、イギリス、アメリカなどから一人、二人ずつ来ていたという感じだった。外国人は週9時間のデンマーク語が必修だったので、デンマーク語の先生と一番顔を合わせていたし、色々と世話を焼いてくれる先生でもあった。その先生が何回かボソッと授業中に言った言葉が「デンマークはパラダイスではないよ」だった。当時の自分はまるで異世界に乗り込んできたかのように完全に張り詰めていたので、パラダイスだろうが、地獄だろうが、あまり差を感じなかっただろう。しかしこうして振り返ってみると、なるほど段々とその意味が腑に落ちてくるのだ。

帰国前後の頃はある程度デンマークにも慣れ、日本に帰った後のことを考えてその文化の差を色々と考えてしまったのは仕方のないことだった。新しくてよく知らないものはなぜか魅力的に感じるものだ。デンマークのさまざまな経験は日本で感じている行き詰まり感を優れてかつ小気味良く解決してくれそうな気持ちを持たせてくれた。もちろん気持ちだけであったが。と同時に思えたことは、人間の抱く気持ちというのは個人的なところではそんなに大差ないものだということだった。それは、たしかにデンマークは個人主義、民主主義、福祉制度が進んでいる。しかしだからといって個人一人ひとりが皆優れているのではなく、また皆愚かなわけでもない。そこは日本と同じだ。一人の人間というところでは違わないし、多様であるということも違わない。その実感を得られたことだった。

そう考えると、デンマークの人々の日常の気持ちの変化とか浮き沈みとか、そういったことも日本人とはあまり違わないのではないか、と思えてくる。歴史的な成り行きで全く異なった社会の仕組みを作り上げてきた2国だが、その仕組みが何であってもそこに生きる人々はなんとか幸せに生きようとするだろう。工夫をするだろう。その結果が今の差異となって見えているだけなのだと思えてきたのだ。ただ一方の側から見ればもう一方の側は新鮮で非常に興味深く映る。そしてそれが自分の側の課題となっている壁を突破するヒントになりうるということだろう。「どちらの文化が良いとか悪いとかではない」とはよく言われるが、この判断をしがちなのが日本の特性だ。これを言っている時点で既に良いとか悪いとかの判断があるということを認めている。

それだけ多様な世界を受け止めるのが難しいということなのだろうが、だからこそ、デンマークの文化は日本にとっては新しい視点であり行き詰まり感を乗り越えられる可能性があるのだと思う。「デンマークはパラダイスではないよ」この言葉は想像以上の気づきを私に与えてくれたようだ。

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