見出し画像

⑪排水口の髪の毛

その日も義母が来ていた。(義父もいたかは思い出せない。)子供3人の世話と家事に、義母の食事も用意する任務が加わる。
友人Aさんに、週末や公休日は欠かさず義父母が来るというと、
「ご飯とか作ってもらえるんでしょう」
と言われた事があった。
別の友人Bさんからも聞いたことがあるが、韓国の世話焼きのお姑さんは、遊びに来る時材料持参で、食事を作ってくれるらしい。Bさんはお姑さんが小さな孫の面倒まで見てくれ、「あなたは毎日疲れてるだろうから、今日は昼寝でもしていて」と言われるのだそうだ。(そのお姑さんの頭上には光輪、背中には羽があるのではないだろうか。)ありがたく別室で横にならせてもらうのだが、スイッチを切るように急には眠れもせず、結局携帯を眺めることになり、「私何やってんだろ」と思いました、とBさん。
そういう話がよくあるので、Aさんは私も当然そうしてもらっていると思ったのだろう。思わず、
「作ってもらえませんよ料理なんて」
と、怒気をはらんだ声を出してしまった。店で食事中だったのだが、隣の客(日本人)がはっとして聞き耳を立てたほどである。
「一度も?」
「一度もです」
それ以降は目の前のAさんだけでなく、耳をそばだてている隣の客に対しても話しているような格好になってしまった。
話を戻そう。それでも、ご飯の準備が負担なだけならまだ良かった。その日のイライラ度数が頂点に達したのは、浴室の排水口に溜まった髪のことだった。
韓国では洗面台・トイレ・浴槽をひとまとめにする、ユニットバス方式が普通だ。トイレを使った時、義母は排水口をチェックしたらしい。私が浴室に入ると、くるくると輪にまとめられた抜け毛の束が、なんと洗面台のよく目につく所に置いてあったのである。
おそらく(それほどの)悪意はなく、掃除ができてないよ、という注意喚起のつもりか、または片付けようとしたが、浴室にゴミ箱がないので面倒くさくなって、そこに放りだして行った、というところだと思う。
しかし、その日排水口の掃除ができていなかったのは、義母の食事の用意という仕事が増えたせいで、掃除まで手が回らなかったからなのだ!!
まず髪の毛の塊が気持ち悪くて、次には頭にきて、その場で数秒固まってしまった。韓国語で義母に訴えて、この理不尽さをわかってもらおうとしても、それは無理だろうとすぐに諦めた。私が韓国語のネイティブでも無理だっただろう。実際、夫はしょっちゅう義母に苦情を申し立てるが、義母は「はあ?」と言いながら聞き、最後に「分かった」と言うものの、行動が改まった試しがない。私はあきらめ、ただ静かに髪を片付けておしまいにしたのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?