【連載小説】青い志願兵 #35(最終話)

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エピローグ

『ハラボジの人生はね、何もかもがうまくいかない人生だったのよ。』

 オモニは誰に言うともなくそう呟き、棺桶に花を入れた。これから火葬され消し炭となるハラボジ。まるで気持ちよく眠っているかのように穏やかな表情だった。

『こんなこと言うべきじゃないかもしれないけど、ハルモニ(祖母)が先に亡くなってよかったって思ってるの。』

 泣きはらして目を真っ赤にさせたイモ(叔母)がそう言うとオモニを含めた彼女の五人の兄弟姉妹たちが一斉に頷いた。僕も同感だった。ハルモニはハラボジの死に耐えられなかっただろうから。

 集まった親族たちをなんとなく眺めてみた。ハラボジの六人の子供たち。それぞれの伴侶と十人の孫たち。総連職員、民団系銀行の行員、日本の大学の教授、韓国メーカーの社員、等々。それぞれが自立し立派に生きている。ハラボジの人生は確かに何もかもがうまくいかない人生だったのかもしれないが、それでもこの日本に根を張り家族を築いた。ハラボジの血筋は脈々と受け継がれていく。それで十分ではないか。僕にはそう思えた。ハラボジがそうなることを望んだかどうかは分からないが。

 サムスンのスマホを取り出した僕は弟の試合を再生してハラボジの顔先に画面を近づけた。アメリカでプロボクサーとして戦っている弟のデビュー戦の動画。ハラボジと会うたびにこの試合を見せろと言われたのだ。海外で暮らす弟は葬儀には参加できなかったので、せめて最期に試合だけでも見せてやりたいと思ったのだ。

 画面の中の弟が黒人ボクサーをノックアウトしたのを見届けてから、ハラボジの手帳から見つけた新聞記事を棺桶の中にそっと忍び込ませた。この新聞記事も燃えて消えていくだろう。ハラボジとともに。彼の記憶とともに。誰かが犯した罪とともに。

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