蒼薔薇まとめ7

ゆとりではなく作られた空白に春の陽がさすスターバックス/天田銀河 

カフェは人工的に作られたもの。それを余白と捉え、そこに春の陽が射すという取り合わせが光る一首。スタバにはやたらパソコンで忙しそうな人が多いのも、作られた余白であるからなのだろう。そこにゆとりは、ない。


冬の日の蜜柑の香りの満ち満ちて夕陽の色の小さき手のひら/ミウラ 

蜜柑を食べすぎて色付いた手を夕陽と比喩する美しさ。まだ手にはさっき食べたばかりの蜜柑の香りが残っているのだろう。冬の寒い夕暮れを元気に遊ぶ子供の姿が浮かぶ。満ち満ちて、には溢れる元気も詰まっている。


さっきまで確かにくまの足だったバネがゆっくり鉄に近づく/望月薫 

玩具の一部だったのだろう。生命が部品に変わる衝撃。「確か」だったものが「ゆっくり」に変わっていくという表現にリアリティーがある。熊を平仮名表記にすることで玩具であることを暗に示唆しているところも巧みだ。


油圧計の針は小さくふるえおりこの作業場に朝を待ちいき/奥 武義 

仕事前に準備として油圧装置をアイドリングしているのだろう。その小さな震えが、仕事に対する主体の心構えを感じさせる。何気ない光景が、日常を呼び起こすアイテムとして機能していて、朝の空気が敏感に伝わる。


五億円あればわたしの悩みなどほとんどなしにできるけれども/大橋春人

5億円という途方もない金額。それは普通の感覚からいけば充分であろう。しかし「ほとんど」であり「けれども」 なのだ。この余白の作り方に読み手の心が試されている。



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