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Chara「命のまつり」その21~ナースデビュー

実は、私はかなりのおちこぼれ看護学生だった。
出席日数もやばい、実習時間もぎりぎり、それでも卒業して資格はとりたいと思っていた。無事に卒試もクリア、分厚い国試の問題集に圧倒されながら
もなんとか看護師になることができた。

そして、大学病院の中央手術室に就職した。
当時の看護界はまるで軍隊のような世界だった。先輩の言うことには素直に従い、仕事を休むとか、ちょっとでもさぼるとかそんなことは許されない。
みょうな規律と上下関係のある集団だった。
それでも、先輩は同じ看護学校の人ばかりだったので次第に打ち解けていった。広島市内の比治山公園で桜をみながら歓迎会を開いてもらった。

好奇心旺盛な私にとって、毎日が刺激的だった。
新しいことを覚えるのに必死だった。

多分、ものすごい量のドーパミンが出ていたと思う。
夜は疲れて眠っていたのだけど、どこかで救急車の音が鳴り響く日が続いた。その音を聴くと「ああ、急患かな、緊急オペだ」と一瞬、覚醒しようとするのだけど、再び眠りに入る感覚、それがしばらく続いた。
頭の中でサイレンが鳴っていた。
その後も救急車のサイレンに妙な敏感さが残った。
一緒にそばに居る人には聴こえなくても、遠くからでもその響きが聴こえるような感覚があった。

現実の仕事では、指導者ナースから微に入り細に入り厳しい指導を受けた。新しく担当する手術の流れや使う器械の順番、手順を覚えていないと
「手術につく資格がないわ、そこに立って見てて」と器械に触らせてもらえず手術着を着たまま立たされたことを思い出す。
今そんなことをすると、間違いなくパワハラとかいじめとか言われると思う。当時は、「命に関わることだもんね、勉強してない私が悪いんよ」と
深く反省した。

そして、10年くらい手術室ナースを続けた。
集中、冷静、緊張感、救命、全身麻酔から覚醒する瞬間、
手術でその場を共有する人々の意識が集合しあう感覚、
手術が終わった時の解放感と達成感
好きだった。生きている感じがした。


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