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萌黄色の桜

我が家から少し離れた遊歩道に、さまざまな品種の桜が植えられています。ソメイヨシノよりだいぶ遅れてバラバラに咲き始める桜たち。先日は珍しい緑の桜、御衣黄(ぎょいこう)が咲き始めていました。

京都の仁和寺が発祥と言われ、東京の荒川堤で栽培されていたサトザクラです。淡い緑色は時が経つにつれ、中心から赤く色づいていき、花の色が珍しい品種として江戸時代から知られています。

御衣黄の名は、平安時代の貴人の衣服(御衣)に使われた「萌黄色」に似ていることからつけられました。

萌木・萌黄
 萌えいずる葉、木々の新芽のグリーンである。男性・女性、若年・壮年を問わず、春は勿論一年中多用され、文献上の用例も枚挙のいとまがない。貴族の装束のみならず、武家の鎧にも多く用いられた。

八條 忠基『有職の色彩図鑑』淡交社

萌黄色が武家の鎧に用いられた例として挙げられるのが、屋島の戦いで扇の的をみごとに射抜いた那須与一です。

与一其比は廿ばかりの男子なり。かちに、赤地の錦を以つておほくび、はた袖いろへたる直垂に、萌黄威の鎧着て、足白の太刀をはき、切斑の矢の、其日のいくさに射て少々残つたりけるを、頭高に負ひなし、うす切斑に鷹の羽はぎまぜたるぬた目の鏑をぞさしそへたる。滋籐の弓脇にはさみ、甲をばぬぎ高紐にかけ、判官の前に畏る。

平家物語 百六十三 那須与一

那須与一は当時二十歳前後の若者だったそうです。神仏に祈り、命をかけて矢を射た与一は、萌黄色の組糸で綴り合わせた萌黄威(もよぎおどし)の鎧をつけていました。


花びらはもともと葉が変化したものですが、若葉色をしたこの桜の花びらには、突然変異で先祖返りによりクロロフィル(葉緑素)が含まれるそうです。この花は時間が経つにつれ、だんだん赤くなりますが、その赤色のもとになっているのがアントシアニン。

秋の紅葉は、葉の中のクロロフィルが分解され、アントシアニンが合成されることで紅く色づきます。
御衣黄の花びらの萌黄色と赤色は、葉の緑や紅葉と同じ色。
春を代表する花の中に、秋の美しさを愛でることができるわけです。

なんとも不思議な桜です。


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