apobiosis(1113文字)
「冬は嫌いだ」と彼女は言った。寒いのは嫌いで、あたたかいのが好きなのだと。だからと言って蝉の声がさんざめく夏がいいのかと言うと、春の方が好きらしい。けれど、一緒にアイスを食べられるから、夏も好きだとも言っていた。要は寒くなければいいのだ。それはそうだろう。他人よりも少し冷たい体温では、きっと冬の寒さは堪えるはずだから。冬生まれなのにね、とおかしそうに彼女は笑った。
十二月も終盤に差し掛かる頃、彼女はまた一つ歳を重ねる。その身に呪いを宿している彼女が大人になる事は許されないと知っている。彼女自身、手放しで自分の生まれた日を喜ぶ事はできないだろうに、その日には皆から与えられる祝福の言葉を精一杯に受け止めて「ありがとう」と答えるのだ。そんな彼女を見て痛ましいと思ってしまうのは、愚かだろうか。筋違いも甚だしい、だろうか。浅はかで軽忽で、結局他人事のような考えである事には相違ないのかもしれない。どれだけ彼女を大切に思っていても、彼女に成り代わってやる事はできない。でも、だからこそ、どうしようもなく胸が痛むのだ。
だって、あんまりじゃないか。彼女が生まれた時、祝福でいっぱいだったはずの家が、葬式みたいに沈み込んだ、と。それを耳にした時、押し寄せる荒波に体が打たれるような衝撃を受け、言葉ではとても言い表せられない感情に打ちひしがれた。
生きているものは皆、生まれた瞬間に死へと歩き出している。誰かがそう言ったらしい。確かにそうだと思う。生けるもの全てに平等に与えられた、唯一の終着点。静かな終焉。
けれど、彼女の死はあまりにも理不尽で、唐突に訪れてしまう。真っ暗な闇の中を無理やり歩かされて、何者でもないものに背中を押されて終わりへと向かう。そんな恐怖を上から塗り潰すためだろう、彼女はありったけの思い出に囲まれた最期を望んだ。その思い出だって、不意に出くわせば立ち竦んでしまうのではないか。やるせなさを想起し、押し潰されたりはしないだろうか。あるはずのない希望に泣き縋りそうになりはしないか。
彼女に寄り添う事しかできない。彼女のわがままを聞いてやる事しかできない。本当は、誰にでも約束された未来を歩みたいはずなのに、そうさせてやる事は自分にはできない。
でも、それでも彼女がそばで笑ってくれるから。どれだけ不条理な現実に打ちのめされても、彼女は笑っていてくれるから。
幼なじみで、ヒーローで、おにいちゃんで、そばにいるだけでしあわせなのだと。彼女がそう言ってくれたから、自分はしっかりと地に足をつけていられるのだ。
彼女がいなくなった世界なんてまだ想像できないけれど、訪れるべき時はやってくる。
この手で彼女を終わりへと導く、その時が。
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