うつろいの保存


お仕事の関係で地方に引っ越した友人と、「東京にいると、気づかないうちに幸せのハードルが上がってしまうよね」という話をしました。

今日はそう、上京人のありきたりな、安直な、もう飽き飽きとするくらいの

"東京"のお話です


拝啓、ほんの少しだけ好きだった君へ


長い間眠らされていたピンクのあのシャツは、陽の目をみることなく来たる春まで眠ることになりそうで、
「春の匂い」なんてものは、申し訳程度の桜吹雪に過ぎず、
「夏の匂い」よりも「雨の匂い」に猫っ毛の髪が絡まるような日々で、

去年の夏をセンチメンタルに思い出したりするような日々を過ごしています

いつ何時も、季節のことを謳う音楽や文学は無数に存在して、またそんな人並みなことを書いてしまったなあ、と考えていたら

私が「東京」に出てきてすぐの頃、ほんの少しだけ好きだった人の顔が思い浮かびました。それは、東京に追い越されないように走り続けながら、
東京以外の「帰る街」を想っている人だったからなのかもしれません。

いや、それだけじゃないよな

さて、東京の話をしましょう。

人は自分を奮い立たせるもの、自分を突き動かしてくれるものをそれぞれ欲しています。内側からふつふつと湧き出てくるような、「何者でもない私を何者たらしめるもの」を。
にも関わらず、書店から我々の手の中へと、めりめりと外界にのめり込んできたビジネス書や自己啓発本にそんな力はありません。
だから
突き動かされている人を見ると、胸がざわめくのです。

大義のために死ぬことすら厭わないような、
狂信的と言われればそれまでの、だがしかしそんな言葉すら彼らにとっては促進剤に過ぎない現実に対峙せざるを得ない。

人々は彼らを、恐ろしくもうらやましいと思ってしまう。

「私じゃないといけない理由なんてない」
「何かに打ち込みたい」
「自分の命をかけてまでも到達したい世界を叶える
”使命”に身を投じたい」

名もなき人々

なのに、そんな使命はどこにも見当たらない!

東京には、そんな風にくすぶった落し物が行き場をなくし、まちの一部となっています。そして、もう誰のものかわからなくなったものを、気付けば他の誰かが拾い上げていることが往々にしてある訳です。

だから、遠い昔に自分もどこかに落としてしまっただけなんだと、喉から血が出るほど叫んでいる人がいる。

そうして、自分の手のひらの感触だけが残す爪の痛みを隠すように、「落し物評論家」がただ毎日なんの意味もなく生まれているのだと思います。

そんなことばかり考えている私にとって、あの人は、心の底から応援したいと思う人だったわけです。
他者依存の幸せや、薄っぺらい二次元の言葉に脇目も振らず、ただまっすぐに自分が少しずつ築き上げている世界に陶酔していたからです。

回り続けるすごろくにも、散り続ける火花にも、大抵の人にとっては目的にすらなるものが、手段だと言える強さが単純にきらきらしていたんです。

存在をたった60秒で想起させる現在に生きていてよかった、
いつかきっとまた必ず会えるでしょうから

そして、春は戻ってくる。

本当にひとりぼっちになった気がして、
さみしいなんかよりもっと冷たくて怖くなった日の帰り道

もう大人なのに、強気で塗った赤色が滲んじゃう前に涙を拭えなくて
ものすごく恥ずかしくなった

ほどけた靴紐に自分でつまづいちゃうくらい急いで、ごった返す交差点を進んでいたら
ふと
背中を丸めたおじさんに追い抜かされるくらいの速さで流れる東京で
「あ、誰も私のこと”ひとりぼっち”だなんて気付いてないんだな」って思った

誰にも注目されない心細さと、生きやすさ。

東京は本当に光が多い。
朝も夜もなくなるくらいの輝きに、逆光で目が眩んじゃって、
日陰から日向を見ることの楽しさを教えてくれた

少し歩けばおしゃれなカフェやガラスの反射で世界を照らすようなビルがあって、少し焦っていたんだな

その街で私は確かに輝かされているけれど、
その街で私は輝いてなんかいなかったから

ひとりぼっちの私は、私そのものが落とし物のような気がしたのです

でも、陽のあたるところに行くまでにはなんとも寂しい路地裏を通り過ぎなければいけない。

煙草をふかしながら一人歩く若者の寂しい後ろ姿。道路わきに寂しく咲く色鮮やかな花。
こんなところにも人々の生活があるのかと思わされるアパート、それらの光景に、さっきまでとの表世界とのギャップがある。

本当に〝東京〟が生きているのは、そこなんだ


拝啓、知らない君へ


文字なのに、その人の声が聞こえてくるように
1人なのに、その人の香りを見つけるように

ささやかな毎日の中に、私が見つけたい〝なにか〟は埋もれていて、それを発掘するのに私はとても忙しい

そして、あわよくばそれを私の使命としたいのです。





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