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メゾン・ド・モナコ 42

俯くダイニングで、なずなの味方をしてくれたのは、やはりマリンだった。

「私は賛成よ。ひっそり身を潜めるより、堂々としていた方が、きっと何よりの防御になると思うわ。ここは、人の世だもの」

マリンの笑顔が心強かった。なずなは、ほっとして、うんうんと頷いた。
自分達も人として過ごすなら、隠れるよりも、人に溶け込むべきだ。マリンの言葉に、皆が頭を悩ます中、春風はるかぜが手を挙げた。

「僕もその勇気に一票を投じるよ。ハク君はどうだい?」

春風が尋ねると、ハクは春風を見上げ、それから戸惑うように視線を揺らした。

「…僕は…」
「ハク、無理しないでいい、まだやるとも決まってないからな」

ギンジの言葉に反論しかけたなずなだが、ハクに無理をしてほしくないのは同意見なので、ぐっと堪えた。
ハクはギンジに頷くと、俯いてしまった。その様子を見て、フウカが仕切り直すように進言した。

「やるならもう少し環境を整えないと。火の玉騒動の犯人の事もありますから」

確かに、真犯人が捕まらない以上、いつどこで襲われるか分からない。元々は無差別に人を襲っていた妖だ、イベントに合わせて何かしでかすとも限らない。

「そういや最近騒がないよな、もう何もしてこねぇんじゃねぇの?」
「油断は出来ないんじゃない?このまま何もせず手を引くとは思えないけどな…」

ナツメとフウカが思案気に言葉を交わす中、マリンが軽やかに手を叩いた。

「ひとまず、出来る限り準備を進めても良いんじゃないかしら。犯人が捕まってないからと言って、何もしない訳にはいかないわ。私達が火の玉騒動の犯人じゃないかって疑いは、まだ消えてないんだから」

何もしないで待っていても、時が解決してくれるとは限らない。その前に出来る事をやらなくては、厄介者として人の世に居られなくなるかもしれない。

マリンの言葉に、ナツメ達も思う所があったのだろう。渋々ながらも同意する素振りを見せてくれたので、なずなは思わずマリンと春風を見やれば、二人はなずなの背を押すように頷いてくれた。

「じゃ、早速明日から準備にとりかかりましょう!やれる事は沢山ありますから!」
「…僕もやっぱり手伝いたい」

嬉しそうななずなの様子につられたのか、ハクも幾分元気を取り戻したようだ。

「ありがとうハク君!」

純太じゅんたはあの時、ハクと話そうとしていた。友人達が来て邪魔が入ってしまったが、町内イベントなら、彼も来やすいだろう。純太が来てくれる事に期待を抱きつつ、なずなは気合いを入れ直した。

「それで、お前は何をするんだ?」
「え?」

ナツメに問われ、なずなはきょとんとした。

「なずちゃんは、裏方で忙しくなっちゃうんじゃない?それに、ナッちゃんだって何もしないじゃない」
「俺はアイドルだぞ、ばれたら人が押し寄せて大変だろ」
「あら、それはそれで丁度良いんじゃない?」
「確かにねぇ…、いやー面倒そうだけど、人寄せにはぴったりだ」

マリンと春風に言われ、ナツメは直ぐ様二人に噛みつきにいく。

「ちょっとナツメ、二人もからかわないで下さい」

フウカが止めに入り、更に賑やかさを増すダイニングで、なずなはふと、行き止まりを前に立たされた気分だった。

***

その後、なずなは部屋に戻ると、一つ息を吐いた。
一歩踏み出せたと思ったけれど、本当は皆の為に動く事で、自分を誤魔化していただけなのかもしれないと、唐突に思い知ったようだった。自分はまだ、過去から立ち止まったままなのだろうか。

「…私が出来ること、」

自分が出来る事といえば、ギターが弾ける位。そのギターだって、プロの世界には不必要で、仲間には足枷となった。
精魂込めて作った曲を、ボーカルの瑠依るいも喜んで歌ってくれたのに、それは思い違いだったのだろうか。

「ただのステップアップの道具かな…」

瑠依にとって、自分達のバンドはその程度のもので、最初から切り捨てられるものだったのだろうか。
なずなは、部屋の角に立て掛けてあったギターに手を伸ばし、軽く弦を弾いた。ぽろん、と意味のない音に、なんだか泣きたくなる。

瑠依とは、音楽仲間との繋がりで出会った。曲の作れない彼女と、歌が歌えないなずな。やりたい音楽の方向性も似ていて、共に練習を積み重ね、仲間を増やし、ライブ活動を行ってきた。パフォーマンスについても、どうしたら人目につくのか、皆で試行錯誤を繰り返し、この先も一緒にやっていくものだとばかり思っていた。

そういえば、暫くギターには触っていなかった。チューニングをして、コードを押さえ、弦を鳴らし、そっと歌を口ずさんでみる。
誰の為でもなく、誰の物でもなく、自分だけの確かなもの。疑う事もない、真っ直ぐ見つめた未来に、必ず行けると根拠もなく思っていた。

無敵だった。
それが、簡単に崩れていく。

泣きそうで、でも負けたくなくて、もう戦いの場にすら立ってない事に気付き、声が震えていく。
ぽた、と零れる涙に、振りほどくようにギターを鳴らし、下手な歌を、そっとそっと歌い上げた。

まだ、なずなはどこにも行けない。


その音色を、ナツメは猫の姿のまま、ドアに耳を貼り付け、こっそりと聞いていた。



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