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メゾン・ド・モナコ 50


翌日、フウカを探しに、なずなと春風はるかぜは彼の仕事場であるキッチンカー、“シノさんの店”へと向かった。
昼はいつも、メゾン・ド・モナコの最寄り駅から二駅先、その駅前広場に出店しているらしく、今は昼には早いので、駅前も人は少なく、まだ看板も出ていない。

フウカはいるだろうか、なずなが不安を抱えたままキッチンカーを覗くと、開店準備中のキッチンカーには、店長の紫乃しのと、フウカの姿があった。

「いた…」
「本当にねぇ、真面目なんだから…」

二人はどこか拍子抜けした様子で顔を見合せると、安堵から表情を緩めた。
昨夜、仕事には顔を出すだろうと春風は言っていたが、それでも昨夜は夜中までフウカを探し回ってくれていたのだ、それを考えると少し拍子抜けしてしまうかもしれないが、見つかった安心の方が大きかった。
なずなは春風を見上げた、春風は頷いて、その背中を押してくれた。

良かった、フウカがいてくれた。だが、どうしてフウカが皆の前から姿を消したのか、なずなには分からない。フウカが持つ力のせいなのか、それともフウカのせいで誰かが傷つくと思っているのだろうか。
どうして自分は人間なんだろうと、なずなは思った。同じ妖なら、きっとフウカの気持ちも分かっただろうし、どこかの妖に襲われたって、皆の足手まといにはならなかったのかもしれないのに。

それでも、春風の手はなずなの背中を優しく押す。
フウカに会う勇気をくれるようだった。

「フウカさん!」

なずなが声を掛けて駆け寄れば、フウカは驚いた様子でこちらに目を向け、それから思わずといった様子で、慌ててその場から駆け出した。

「え、ちょ、待って下さい!」

そんなあからさまに逃げるとは思わず、なずなは虚をつかれたが、そのまま急いでフウカを追いかけた。

「フウカさん!待って!」

フウカはなずなを僅かに振り返ったが、それでも前を向いてしまう。こんな時、なずなは自分の運動不足を呪った。フウカが妖だからとか、男性だからとか置いといても、なずなの足は遅く、その上、すぐに足が痛くなる。アパートの家事で体を動かしていたと思ったが、まだ数週間では、なずなの体力の底上げにはなってくれなかったようだ。
しかし、ここでめげてはいけない、またフウカが居なくなってしまう。もしこの機会を逃したら、フウカがキッチンカーにも来なくなってしまったら、もう、会えなくなってしまったら。

じわ、と視界が滲み、考え事をして走っていたせいか、悲鳴を上げ始めた足が縺れ、なずなは盛大に転んでしまった。

「痛…」

幸いなのは、昼前の住宅街だった事だ。普段なら、人目を気にして恥ずかしいという思いが先に立つが、今は恥ずかしいよりも、自分が不甲斐なくて、情けなくて、泣きたくて、なずなは立ち上がれなかった。

「…本当に、もう、」

なんでこんな、何も出来ないんだろう。

道端で座り込んでしまえば、目の前に誰かの足が止まった。
はっとして顔を上げると、困惑した様子でフウカがいて。

「…大丈夫ですか」

目を合わせてはくれないが、しゃがんで声を掛けてくれる。
なずなはいよいよ泣きそうになったが、そんな自分の気持ちは押し込め、フウカの手を掴んだ。だが、その瞬間、なずなの手は思いきり払いのけられてしまった。パシッと乾いた音に驚いたのは、なずなだけでなく、手を払ったフウカも同じだった。
互いに目が合い、沈黙する。傷ついた顔を浮かべたのは、フウカだった。

「…すみません」

そう立ち上がり、再び走り出そうとするフウカに、なずなははっとして、転びそうになりながらも、すかさずその手を掴んだ。

「大丈夫です!何ともありませんよ、フウカさん!」

なずなは両手で、ぎゅ、とその手を握った。グローブ越しのフウカの手、自分よりも大きくて、いつも助けてくれるフウカの手。フウカがどんなにこの手を否定しても、なずなはフウカの手の優しいことを知っている。

フウカはその手を払おうとしてか、フウカの腕に力が入ったのを感じたが、なずなの手を振り払う事はなかった。そして、フウカは恐る恐るといった様子で、なずなを振り返った。
その瞳は、不安と戸惑いに揺れ、なずなはその瞳を、負けじと見つめた。

「…大丈夫ですから」

そんな言葉しか浮かばない自分に、なずなはまた自分が情けなくもなったが、それでも伝わる事を願って、フウカの手を握った。フウカの腕からは、徐々に力が抜けていくようだった。

「…あなたは、本当に…」

くしゃ、と空いた手でフウカは髪を掻いた。その指が微かに震えていたが、もう逃げないでいてくれる事が分かり、なずなはようやくほっとして、自分の手に視線を落とした。そして、再びはっとして手を放した。

「あ、ごめんなさい!大事な手なのに!」

恋しい人の手を握ってしまった恥ずかしさも勿論あるが、それ以上に気にしなくてはいけない事がある。
赤くなって、青くなって、忙しいなずなに、フウカはその意味が分からないようで首を傾げた。

「…大事などでは、」
「だって、料理人の手なのに…」

フウカはきょとんとして目を瞬いて、どこか困ったような、泣いてしまいそうな様子で、笑って眉を下げた。



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