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メゾン・ド・モナコ 70


ライブが終わると、三人は温かな拍手に胸を熱くしたまま、感謝の思いを込めて頭を下げた。
アパート内に戻り、人が入らない二階に向かうと、三人は顔を見合わせ、それから泣きながら互いに抱きしめあった。

「なず、明里あかり…!」
「泣かないでよ、瑠衣るい、ありがとう」
「こっちこそありがとう!」
「最後に、瑠衣の歌が聞けて良かった」
「…私だって、なずの曲、三人で出来て良かった」

泣きながら抱き合えば、「お前ら!」と怒声が聞こえてきた。驚いて顔を上げると、そこにはフウカと、人の姿に戻ったナツメの姿があった。怒っているのは、ナツメだ。

「フウカさん!…ナ、ナツメ君」
「おい、なずな!俺の事すっかり無視しやがって!」
「だ、だってあの状況じゃどうしようもなかったし…!」
「え、もしかして、一緒にやる人って、アイドルのナツメ君だったの…?」

呆然としている瑠衣と明里に、なずなは苦笑った。

「…ちょっとした縁で」
「クッソー!せっかくやる気でいたのに。……でもまぁ、確かにあれはお前らの歌だったよ」
「え、」

ふん、とそっぽを向くナツメに、フウカが「まぁまぁ」と宥める。テレビで見せるナツメとはあまりに違うだろう姿に、なずなは瑠依と明里がショックを受けたり、呆気に取られているのではと、内心ハラハラしていた。
だが、そんななずなの思いに反し、瑠依は少し考えてから、ぽつりと呟いた。

「…やっぱりなずの曲、好きだな」
「え?」
「ごめん、なずな、明里。勝手にバンドを辞めて。皆でデビューしようって言ってたのに、二人が居たから、私は歌ってこれたのに」

俯く瑠依に、なずなと明里は顔を見合せ、二人して笑って瑠依を抱きしめた。

「もう、そんなの良いんだってば!」
「それに、大変なのはこれからでしょ?こんな事で泣いてたら、やっていけないよ?」

わざと茶化して笑って、「瑠依の一番のファンは私達なんだから」と、瑠依の背中を二人で押した。バンドは終わってしまったけど、三人の仲が途切れる事はない。
これからもずっと、きっと、どこにいたって。


それから少しして、瑠依と明里が再び賑やかな一階へと戻っていくと、ナツメはすぐに猫へと姿を変えた。これからまた、お客さん達の接待へ戻るのだろう。さすがアイドル、嫌がっていても仕事に抜かりはないようだ。

「ナツメ君、ありがとう」

去ろうとするナツメに、なずなは咄嗟に声を掛ける。ナツメがやろうと言ってくれなければ、また三人が集まる事もなかった。
ナツメは立ち止まり振り返ると、ふふん、と胸を張った。

「どうても俺に曲を提供したいって言うなら、カバーしてやるよ!そしたら俺が、この曲を頂点に持っていってやる!」

それから、「最高だったぜ!ライブ!」と言い残し、ナツメは去っていった。

「素直じゃないね、ナツメ君は」

困ったように笑って言うフウカに、なずなも笑った。そして、ナツメなりの優しさに、心の中でもう一度感謝した。
それから、チラッとフウカを見上げる。フウカが帰って来てくれた事にほっとしながら、テラとはどんな話をしてきたのだろうと、なずなは落ち着かない気持ちだった。

「…とても良い曲で、皆さん素敵でした」
「あ、ありがとうございます。まさかの展開ですが、皆で歌えて本当に良かったです。これも、フウカさんのお陰です」
「何を言うんですか、僕は何も。なずなさんが頑張ったからですよ」

優しく微笑まれれば、何だか照れてしまう。なずなはそんな気持ちを誤魔化すように、慌てて話題を探したが、どうしてもテラとの事が頭に浮かんでしまう。昨日からフウカは妖の世に戻り、以前の恋人、テラに会いに行っていた。
聞いて良いのか迷いながら、でも聞かずにはいられず、なずなは思いきって口を開いた。

「あ…あの、テラさんは、どう…でした?その、体調とか、」

目を合わせられず、しどろもどろになってしまった。俯くなずなだが、なかなか返ってこない返答を不思議に思い、不安になって顔を上げれば、なずなの思いに反し、柔らかに微笑んでいるフウカがいて、思わず胸がどきりと跳ねた。

「今は妖の医療技術も発達しているようで、顔や体の火傷の跡も大分なくなったと言っていました。顔に少し残った跡も術でカバー出来るとか…。僕の火は、体の内側に根をはりますが、テラが人魚だったのが幸いしたようです。人魚の力は、体内に潜り込む火の力を打ち消す力がありますから」

火は水で消す事が出来る、それと同じ事が、テラの体の中で起こっていたのだろうか。

「…後は、叱られて、泣かれました。お互いバカねって、ごめんって」

そう笑うフウカの表情は、困った様子ながらも、どこか晴れやかだった。


テラは、婚約者の事をフウカに言い出せず、国民を巻き込んでの騒動になってしまった事、フウカを追い出す形になってしまった事をずっと後悔していたという。自分の傷は、確かにフウカの火を浴びて出来たものだけれど、それが自分を傷つける為ではなかった事、傷つけるどころか守ろうとした結果だった事は、テラも分かっている。フウカと会えなくなった日々の方が辛かったが、そうさせてしまったのは自分が悪い、この傷はその報いだと言っていたという。

皆、誰かを思いながらすれ違い、伝える事の出来なかった思いがあった。それぞれが、ようやく過去と向き合う事が出来るようになったのかもしれない。

シュガの刑も軽く済むそうだ、条件はあるが、釈放されたらしい。これからは、テラもシュガと向き合っていくという。形は褒められたものではなかったが、シュガの思いは、きっとテラにも伝わったのだろう。


フウカから話を聞き、なずなは、皆が良い方向へ進めていけるとそう思った。それが少しずつでも、きっと。
けれどそれが、少し寂しくもあった。皆の未来に、自分は居られないからだ。別に今生の別れでもない、近所だから会おうと思えば会えるのに。それでも、このアパートでのなずなの役割は、これで終わった。

思い残す事はない。
このメゾン・ド・モナコも、住人達も、少しずつ変わっていく。
自分が寂しいからと言って、その変化に水を差すわけにはいかない。


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