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メゾン・ド・モナコ 67

なずなもレストランを手伝いつつ庭の様子を眺めていると、ある人の姿に目を止めた。

明里あかり!来てくれてありがとう」

そう駆け寄り声を掛けたのは、なずなと共に夢を追いかけたバンドメンバーの一人、明里だ。
なずなは、瑠衣るいと連絡を取った翌日、明里にも連絡を入れていた。彼女は旅館を継ぐと実家に戻っていたし、夏の旅館はきっと忙しいだろう。迷惑かもしれないと思っていたが、彼女は瑠衣との事も受け入れ、こうして駆けつけてくれた。

明里はなずなに気づくと、ほっとするような笑顔を向けてくれた。

「ううん!たまには息抜きも必要でしょって押しきってきた」
「も~…本当、ごめん、ありがとう!せっかくだから何か食べていって」
「うん!ね、そういえばお相手は?一緒にやるっていう」
「…えーっと」

なずなは、子供から逃げ回るナツメをちらと見た。

「…準備中かな」

苦笑い、なずなは紫乃に明里を紹介して、席に案内した。

「あんなに実家の定食屋嫌がってたのに、まさかレストラン開くとはね」
「町内イベントで限定的にだよ。そもそも私はいつまでもここには居られないし」

なずなが苦笑えば、明里は「そうなの?」と目を丸くした。

「次の目標が決まったのかと思ってた」
「はは…明里は、どう?旅館の仕事慣れた?」
「全然!こんな事なら、手伝いとか積極的にやってれば良かったよ」
「でも、なんか楽しそう」
「そっかな…バンドとのやりがいは比べられないけど…でもそうだね、新鮮っちゃ新鮮」

新しい環境で、それぞれ自分の居場所を見出だして、前を向いているからこそ、明里は晴れやかな表情でここに来てくれたのだろう。

それに対し、自分は。

「なずなちゃーん!ごめんね、こっち良い?」

また落ち込みそうになれば、紫乃しのの声だ。見れば、キッチンから紫乃が慌てふためきながら顔を出している。

「わ、大変そう。手伝うよ」
「え、大丈夫だよ、」
「いいからいいから!旅館で鍛えた配膳能力を見せるチャンスなんだから」
「はは、何のチャンスよ」

明里に背を押され、なずなは笑いながらキッチンへ向かった。それが合図かのように、後から女性の団体客が訪れ、明里に手伝って貰って正解だったようだ。
紫乃のキッチンカーのお客さんと、ギンジが勤める花屋のお客さん達が同じタイミングでやって来たようで、明里の采配もあり、どうにか三人で回せそうだ。
何より、フウカが帰ってくるまで、紫乃は一人で料理を作らなきゃならないので、助っ人に明里がキッチンに入ってくれたのは助かったようだ。加えて、明里はホールや会計にまで飛び回っている。なずなは、配膳だけでもいっぱいいっぱいだったので、改めて明里の存在に感謝でしかない。


そんな風に忙しく働きながら、なずなはふと腕時計に目を向ける。ナツメとのセッションの時間が近づいているが、ナツメはあの子供達の中から、本番までに抜けてこられるだろうかと、少し心配になる。

「おや、賑やかだね」

不意に声を掛けられ振り返ると、春風はるかぜが側にいた。なずなはにこりと笑い、胸を張った。

「はい!もうここがお化け屋敷だなんて、誰も思いませんよ」

春風の言葉は、目先のレストランの様子を指したものだったが、なずなは敢えて庭全体を見渡した。なずなにつられ、春風も賑やかな庭を見渡す。
ついこの間まで、ここは草が伸び放題、荒れ放題だったのに、今は人の笑顔で広がっている。

「これでもう、妖の世に帰れなんて言われなくなりますよね」
「だといいけどね」

わざとか肩を竦める春風に、なずなは仕方ないなとばかりに溜め息を吐いた。

「春風さんがそんな事言わないで下さいよ。そうだ、定期的にやりましょうよ!こういうイベント」
「そうだねぇ、なかなか面倒だ」
「それなら私が準備しますから!」

そう笑って顔を上げれば、春風はなずなに合わせて頬を緩めるだけだった。その様子に、なずなははっとする。春風の言葉ない返答の意味する所が分かり、なずなは誤魔化すように笑って俯いた。

「そうだった…私、そろそろ出ていかないといけないんでした」
「え?」
「だって、私の役目は終わりました。火の玉の犯人は捕まって、このアパートに対する不信感だって、この光景を見たら、妖も人間も何も思わなくなるんじゃないですか?…後は、手紙の事を聞いたら、私がここにいる意味もなくなります」
「…ここにいる意味か…そうだね、先ずは手紙の事を話そうか」

そう春風は、なずなをベンチへと促した。柔らかな表情と声色に、なずなの胸は緊張からドキリと震えた。


全ては、あの手紙から始まった。知ってしまったら、なずなはこのアパートから去らなくてはならない、でも、この手紙の人物の手掛かりが分かれば、祖母の心残りを解消する事が出来る。
なずなは緊張する胸を、去らなければならない寂しさを囁く胸を落ち着け、紫乃と明里に断りを入れてから、覚悟を決めて春風の隣に座った。
春風はそれを見届けると、懐かしむように庭を見渡し、そっと話してくれた。


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