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メゾン・ド・モナコ 51


もうすぐ開店の時間だが、紫乃しのの許可を得て、なずなとフウカは近くの公園のベンチに並んで腰掛けた。少しの間なら、春風はるかぜが店に出てくれるそうだ。

「ごめんなさい」

開口一番に頭を下げたフウカに、なずなは、え、と固まり、それから慌てて首を振った。

「謝らないで下さい!フウカさんは助けてくれただけじゃないですか!…でも、突然いなくなっちゃったから驚きました。皆も心配してたんですよ?春風さんもずっとフウカさんを探し回って。昨夜はどこに行ってたんですか?」
「…公園で、その…野宿を」

野宿、という言葉に、なずなは文字通り目を丸くした。

「あ、危ないじゃないですか!あんな事があった後なのに!何かあったらどうするつもりだったんですか!?」

怒るなずなに、今度はフウカが目を丸くした。

「…すみません」

なずなは、自分の身を案じて怒っている。まさかそんな風に言われるとは思わなかったのか、フウカは驚きつつも顔を俯けた。
その様子を見て、なずなは肩から力が抜けたようだった。

「…何事もなくて、良かったです」

しかし、フウカはやはりどこか不思議そうな、困惑した様子だ。

「…どうしてそんなに心配してくれるんですか?このグローブを脱げば、僕は人の子なんてどうって事ありません、あの妖にだって僕は負けないかもしれないのに」
「…フウカさんは、そんな事出来ませんよ」
「あなたは僕を買い被りすぎです」
「真実です、フウカさんに誰かを傷つける事なんて出来ません、私にはそれが証明出来ます」
「…何を言ってるんです?」

さすがに怪訝な表情を浮かべたフウカに対し、なずなはフウカの手を取った。本当は得意顔くらい浮かべたかったが、やはりちょっとドキドキしてしまう。この歳になって、異性の手を握るだけでドキドキするなんて、なずなは自身の恋愛経験の無さにまた少しへこんだが、今はそんな事を考える時ではないと、必死に頭から恋の騒めきを追い払った。
そして、なずなはフウカのグローブに手をかける。それにはさすがにフウカは手を引こうとしたが、なずながそれを慌てて引き止めた。咄嗟に両手でフウカの手を掴み、「大丈夫です」とフウカを見上げた。

その真っ直ぐな視線に、フウカの瞳はたじろいだ。
手を払おうと思えば簡単に払える。だけど、フウカはそれをしなかった。もしかしたら、出来なかったのかもしれない。
まるで魔法みたいに、なずなの言葉がフウカの体を優しく包むみたいで。
大丈夫、その言葉を信じたくなった。

フウカのそんな思いは露とも知らず、なずなは、慎重にフウカの手からグローブを脱がしていく。フウカにしてみれば、腫れ物を扱うようなその仕草は、なんだか照れくさいような、こそばゆい感覚だった。自分では忌々しいこの手を、なずなが大事だと言ってくれている、それが、フウカの胸をじんわりと温めていくようだった。

ずっとグローブをはめていたからか、フウカの手は白く、手首を境に日焼けの後があった。

「…はは、なんだか、まだグローブしてるみたいですね」

そう言って、なずなは両手で大事そうにフウカの大きな手を握り、まるで願いを込めるように目を閉じた。

「ほら、何も起きません」
「…それは、」

フウカが力を使おうとしていないだけだ、だが、その言葉をなずなは遮った。なずなだって分かってる、でも、それよりも伝えたい事があった。

「私は傷つきません、例えこの手が、結果的に私に何かしたとしても、私はフウカさんに傷つけられたとは思いません」
「……え?」

フウカはきょとんと顔を上げた。なずなは、フウカの手を、やはり照れくさいのか耳を赤くしながら、大事そうに触れている。


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