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メゾン・ド・モナコ 49

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夕飯は、カレーになった。いつもはレシピ通りに作っても、何故か期待した味にはならないのだが、今日はちゃんと慣れ親しんだ味がする。サラダもしっかり切る事が出来た。
やれば出来るじゃないかと、自分を褒め称えたい。これならフウカも喜んでくれるかもしれないと、なずなは一人、期待を膨らませてフウカの部屋を尋ねた。あれからフウカは部屋から出てきていない。

トントン、とドアをノックする。

「フウカさん、なずなです。大丈夫ですか?あの、ご飯出来たんです。私ちゃんとカレーが作れたんですよ!…まだ野菜は不恰好ですけど…あ!サラダの野菜は、今日は繋がってませんよ!焦らずしっかり丁寧に切りましたから!トマトはちょっと…ぐしゃっとなりましたけど、味はトマトですから!ドレッシングで美味しくなりますから!」

ドアの向こうは、シン、と静まり返っている。期待が大きかった分、なずなは一人で何を喋ってるんだろうと、軽くへこんだ。

「…フウカさん、一人で悩まないで下さい、私は力も知識もないですけど、フウカさんの力になりたいです」

トントン、と再度ドアを叩く。シン、と何も返ってこない部屋の様子に、なずなはがっくりと肩を落とした。するとそこへ、慌てた様子でギンジと春風はるかぜが階段を駆け上がってきた。

「なずな、どけ!」
「え?」
「なずな君、離れた方がいい」

焦った様子のギンジに、なずなはドアの前から身を引く。ギンジはドアノブに手を掛けたが、鍵がかかっているのか開かないようだ。

「あいつ…!春風、ドア壊したっていいよな」
「ん~…仕方ない、許そう!」

すると、ギンジは獣のそれへと腕の形を変え、ドアを思いきり殴り飛ばした。思わずなずなは悲鳴を上げ、すぐにギンジの獣の腕にしがみつく。

「ぼ、暴力反対です!話合いましょう!ギンジさん!」
「話し合う相手がいればな」
「え?」

不思議に思い、なずなが部屋の中へ目を向けると、ドアの破片が飛び散る室内にフウカの姿はなく、夜風にカーテンがはためいていた。

「帰ってくる時、窓が開いてて気になったんだ、あいつ、夜は必ず人目を避けるようにカーテンをきっちり閉めてたからさ」
「窓から出て行ったんだね…」
「探さないと、」
「待って、なずな君。君はアパートにいて」

状況を確認する冷静なギンジと春風に対し、なずな焦って駆けようとするが、春風に肩を掴まれ、引き止められた。

「でも!じっとなんてしていられません!フウカさんは私が足でまといだったから、」
「違うよ、なずな君落ち着いて。今は僕が代わりに探しに行く。もし見つからなかったら、明日一緒にフウカ君の仕事場に行こう。真面目なあの子は、仕事はちゃんと行ってると思うんだ、ね?」

両肩を掴んで、春風はなずなにしっかりと目を合わせながら言う。焦るなずなとは対照的に、落ち着いた彼の様子を見ていたら、少しだけ気持ちが落ち着いてくるようだった。
頼むよ、と言っているかのように、ぽん、と両肩を叩かれ、なずなは焦る心を抑えて頷いた。

「…はい、」

よし、と頷いて、春風は「よろしく頼むよ」と、ギンジに告げると、階下へ降りていった。残されたギンジは、くしゃくしゃと苛立った様子で自身の頭を掻いた。

「ったく、何やってんだよ、アイツは…ほら、飯食うんだろ?お前まで妙な顔してんじゃねぇよ」

人の腕に戻った手で、ギンジはなずなの肩を叩く。なずなは頷きながらも、フウカの部屋を振り返った。それから、窓の外へはためくカーテンに気づき、部屋に入ると、揺れるカーテンを室内へ引き入れ、そっと窓を閉めた。

フウカの室内を見渡すが、ドアの破片が飛び散る以外は、いつもと何も変わった様子がない。それなのに、部屋主のフウカだけがいない。
なずなの心は心配と不安に揺れ、その日は、胸騒ぎは一晩中止まらなかった。

その日、フウカは春風の前にも姿を見せず、アパートにも帰ってくる事はなかった。



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