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メゾン・ド・モナコ 21

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マリンのお陰で、なずなの気持ちが落ち着いてきた頃、フウカと猫の姿のナツメが二人で迎えに来てくれた。

「なずなさん、大丈夫ですか!?」
「おいおい犯人捕まえたのかよ!」

フウカとナツメの優先順位は違うようだ。
ナツメは猫の姿のまま、ギンジが捕らえている火の玉男に鼻先を近づけていく。不意に火の粉が上がると、驚いて飛び退いた。

「大丈夫だ、失神してる。こいつは犯人に使われてる下っ端だ」
「なんだ、下っ端かよ…!」

ナツメは威嚇したのも束の間、相手が失神してる事や下っ端の妖だと分かると、安堵したような肩透かしを食らったような様子で、前足で火の玉男の足を小突いた。

ギンジとナツメのやり取りを横目に、フウカは真っ先になずなの前にで膝をついた。

「怪我は?」

心配そうなフウカに、マリンが困ったように眉を下げた。

「傷を水で流す位しか出来なくて、なずちゃんいい?」
「は、はい」

足を少し動かすだけで、ズキッと痛みが走る。

「うわ、擦り傷がひどいですね…でも良かった、これなら治療出来ますね」

きっとフウカは、もっと酷い怪我を想像したのだろう。どこか安堵した様子ながらも、「でも、これは痛いですね」と、なずなを気遣ってくれた。
これくらいの傷で呼び出して、なんて、フウカは思わないだろうが、迎えに来てくれる事に申し訳なさを感じていたなずなは、そんなフウカの優しさにほっとした。それでも、何だか悪いような気になってしまう。

「…すみません、騒ぎ立ててしまって」
「何言ってるんですか、元はと言えば僕達と一緒にいたせいでしょう、謝らなければならないのは、僕達の方です」
「あ、謝らないで下さい!私は、皆さんとの暮らしは楽しいんですから!」

焦って言うなずなに、皆はきょとんとした。マリンは「あら」と微笑んでいるが、他の皆はそんな風に言われるとは思わなかったのだろう。何せなずなは、自分達と同じ妖に襲われたばかりだ。

「あまり人が良いとつけこまれますよ、悪い人達に」

フウカは困り顔で言いながら、ハンカチを取り出し、傷の酷い右足に巻いていく。その声がいつもより固く、戸惑っているようにさえ思えて、なずなも困惑した。何か言ってはいけない事、気に障るような事を言ってしまっただろうか。

「それなら、私達が守ってあげればいいのよ」

なずなやフウカの様子を見てか、マリンがなずなに寄り添いながら言う。その気持ちを和ませるような穏やかな声からは、マリン特有の不思議な圧は感じられず、不安定な心も優しさに包まれていくようで、なずなはそっと肩を下ろした。

「…そうですね、やっぱり住み込みの件、もっとよく考えないといけませんね」

フウカもいつもの調子に戻り、困り顔でそう頬を緩めると、そのままなずなの膝裏に手を回そうとするので、なずなはさすがに驚いて身を引いた。

「え!だ、大丈夫ですよ!」

今、とてつもなくナチュラルに、お姫様抱っこされそうになった。
なずなは顔を真っ赤にさせて、心臓は先程とは違う意味で忙しく動き出し、壊れそうな音を響かせている。だが、そんななずなに対し、当の本人はきょとんとしている。

「歩けないでしょ、このままじゃ」
「あ、でも、えっと」
「…あ、そうですね、こっちの方がいいか」

フウカはそう言うと、今度はなずなに背中を向けた。横抱きでは恥ずかしいと思い、おんぶなら良いと思ったのだろう。確かにおんぶの方がまだ良いかもしれないが、そういう問題でもない。どうあったって、男性に抱えられるのは恥ずかしいし、それに相手はフウカだ、色々気になってしまう。
でも、フウカは善意からの行動だ、それを無駄にするのも悪いし、歩くのも辛い、いやでも…。と、軽くパニックになってるなずなを見兼ねてか、ギンジは溜め息を吐くと、なずなの首根っ子を掴み、そのままフウカの背中に乗せてしまった。

「さっさとしろ、怪我人が!」
「ちょっ、ギンジさん!なんてこと、」
「はは、では立ちますよ」
「え、ちょ、す、すみません!」

もうなずなに逃げ道はない。重くはないだろうか、心臓の音は煩くないだろうかと、なずなはあたふたとしていたが、フウカは何事もなく立ち上がったので、なずなは何だか恥ずかしくなってしまった。
フウカは怪我を心配してくれているだけなのに、勝手に意識して騒いで。そう考えれば、顔が再び熱くなる。なずなは逃げられないフウカの背中の上で、彼が不審に思いませんようにと、願うばかりだった。

《続

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