余白と空白

小学二年生の頃、万引きをした。
中学二年生の頃、人を操って悪さをさせた。
高校二年生の頃、うそをついて友達を失った。
大学二年生の頃、自分自信を失った。
僕は何かに削がれる人生だ。
人を削ぐ人生だ。
「良かれと思ってやった」とかいう言葉は、自己防衛のための言い訳でしかない。
僕が唯一誇れるのは、まだ人を殺めていないところだ。

通勤途中で、ぼんやりと窓を眺めながらそんなことを考えていた。
「あの。ここ、空いてますか?」僕の隣の座席を指さして30代半ばの女性が訊ねてきた。
「あ、はい。」どう見ても空いているであろう僕の隣の席に座ってもいいかとわざわざ質問してくるなんて、などと思いながらも一言返事をした。
女性は軽く会釈をしながら、僕の隣の席を埋めた。
しばらくすると、次の駅に停車した。
停車した駅は人で埋め尽くされていて、これからこれだけの人がこの電車に乗ってくるのかと思うとひどく絶望したが抗うすべもなく、僕はただ息を深く吸い込んだ。

乗り込んできた乗客の中に、老夫婦がいた。
僕は俯いた。周りの乗客も同じように息をひそめて俯いていた。
「あの。よかったらここどうぞ。」すぐ耳元で声が聞こえた。
さっきまで僕の隣を埋めていた女性が立ち上がり老夫婦に話しかけていた。
僕は顔を上げるもすぐに俯いた。周りの乗客も変わらず俯いていた。
「ありがとうございます」席を譲り受けた老母の声が僕の耳に響いた。
また、僕の隣が今度は別の人によって埋められた。
僕の降りる駅まではあと13分。そっと目を閉じ、深く息を吐いた。
隣との間にある少しの空白に耐えられなかった僕は、僕の座席をそっとあとにした。

進みゆく僕の背中では、少しの雑音と何事もなかったかのように日常が流れ続けていた。



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