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米津玄師1stアルバム『diorama』リリース、デビュー10周年に寄せて

米津玄師の1stアルバム『diorama』がリリースされて10年が経った。

今更彼について説明する事も無いとは思うが、dioramaリリース前の彼について軽く触れておきたい。

デビュー前は「ハチ」名義でニコニコ動画にVOCALOID楽曲を投稿していた所謂ボカロPだった。「結ンデ開イテ羅刹ト骸」「マトリョシカ」などの楽曲で独自の世界観を表現し、その後のボカロ界に大きな影響を与えたと言っても過言ではない。

「砂の惑星」という楽曲で”メルトショックにて生まれた生命”と歌っているように「メルト」がきっかけでボカロPになる人が増えたのならば、同じくハチショックもあったに違いない。


ボカロPとして活動していた中、彼はボカロではなく自分の声で、本名で、アルバムをリリースした。このアルバムではdioramaというタイトルの通り、彼が作り出した箱庭的世界、街がモチーフとなっている。その街の中で、人とは分かり合えない、息も出来ないといった諦念や閉塞感、退屈だけど美しく細やかな日常を求める姿が内包されている。

このアルバムを聴くと、街を乗せたナマズが描かれているジャケットや、「ゴーゴー幽霊船」「vivi」、あるいは彼のオフィシャルサイトのギャラリーで見られる「caribou」の元となった物語の「幸せな日々」の印象もあるためか、全体的にモノクロの世界観が浮かび上がる。


特に「vivi」という楽曲は、このアルバムの世界を端的に表していると思う。私個人としてもこのアルバムの中で特に好きな楽曲であり、普段は歌詞に共感しながら音楽を聴くということをしてこなかった私も思わず共感を覚える程この楽曲に魅了された。
「vivi」もdioramaという街での出来事が描かれているが、”溶けだした琥珀の色~”とviviまでの楽曲と、vivi以降の楽曲の彷彿とさせるフレーズが並び、一種のハイライト的役割を担っているようにも見える。この楽曲が7曲目というちょうど中間にあたる配置を見ると、彼本人としてもこの曲をアルバムのコアとして考えていたのかもしれない。

実際、彼はインタビューで「一番内面世界に近いのがこの曲」と語っており、人間関係について「結局どうやってもわかりあえない」と言い切っている。


愛してるよ、ビビ
明日になれば
バイバイしなくちゃいけない僕だ
灰になりそうな
まどろむ街を
あなたと共に置いていくのさ


「vivi」では、伝えたい事がうまく伝えられない歯痒さや、すれ違いが描かれており、そうした曖昧な人間関係で構築されている世界を”灰になりそうな まどろむ街”と形容している。この楽曲で描かれている諦念に、常日頃から人間関係の希薄さを感じていた私は共感を覚えたのだ。

彼のこうした姿勢は楽曲のみならず制作体制にも見られる。全楽曲の作詞、作編曲はおろか演奏、ミックスまでも全て一人で行っており、そうした姿勢も自分が作り上げた箱庭的世界、街をより強固なものにしているのだと思う。

その後、彼はスタジオミュージシャンを招いてシングルを2枚出した後、2ndアルバム「YANKEE」をリリースした。彼は大衆との迎合を図るために街(diorama)を離れ、タイトル通り移民(YANKEE)となった。そこから現在に至るまでの事は冒頭で述べた通りわざわざ説明するまでもない程、彼は世に知られる存在となった。

米津玄師の始まりともいえる「diorama」をリリースから10年経った今聴いても、彼の名刺代わりとなるアルバムだと私は信じて疑わないのだが、彼の名前が世に知れ渡ってから聴き始めた人からすれば、このアルバムは異質に見えるかもしれない。
しかし、彼がどのような変遷を辿って現在に至るかを知るには「diorama」は避けては通れない。だから、もし「米津玄師入門の為の1枚は?」と聞かれたら、私は「diorama」と答えるし、「diorama」から順番に聴くことを薦めるだろう。
ついに劇場公開となった「シン・ウルトラマン」の主題歌となった「M八七」も配信され、CDのリリースも控えている今、原点から聴いてみるのも良いだろう。

音楽はつづく。米津玄師の音楽がこれからも鳴り響く事を心から祈っている。




















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