【連載版】Change the World 第29話〜実現へのバイパス
願望の最初のステップは「したいかしたくないか」の判断です。そのステップで「したい」と判断されれば、次は「できるかできないか」の判断となります。大概の場合はこの二つの判断を行ったり来たりします。
この二つの判断を行き来している状態が願望です。「したいかしたくないか」「できるかできないか」。これが「したい」し「できる」となれば、めでたく願望実現ということになりますが、「したいけど難しそうだ(できない)」とか「無理だからやめよう(したくない)」と判断されることが往々にしてあります。
まず最初の「したいかしたくないか」で「したくない」と判断したことはそのまま放っておいて構いません。したくないことをする必要はないからです。しかしそこで「したい」と判断したら、その気持ちは大切にするといいでしょう。したいことをするのが人生の醍醐味です。
もう答えが書かれているのですが「したいことをする」のです。「したいかしたくないか」の判断の次は、「できるかできないか」ではなく「するかしないか」が本来なのです。「したいかしたくないか」「できるかできないか」「するかしないか」。この3つのステップの中に自分の意向では決められないないものが一つだけあります。
それは「できるかできないか」の判断です。「したいかしたくないか」「するかしないか」が自分の意向であるのに対し、「できるかできないか」だけ自分の意向では決められません。願望に対して、まるでそれが真実であるかのように「できない」と断言することが往々にしてありますが、あなたは予言者ではないでしょう。そんなことはわかるはずがないのです。
自分が決められることだけを決めればいいのです。「できるかできないか」の判断は自分が思っている以上にいい加減なものなので無視して構いません。「宝くじの当たりナンバーが事前にわかります」「競馬の勝ち馬は事前にわかっているので必ず当たります」といった詐欺と何ら変わらないレベルのいい加減さなのです。
願望実現の一般的なプロセスを考えてみましょう。まず自分が偶然興味を持ったことや、友人の誘いなどのきっかけが起こります。例えばそれが友人からの「スノーボードを始めてみない?」という誘いだったとしましょう。それをきっかけにして最初のステップである「したいかしたくないか」の判断がされます。
そこで「よし、やってみよう」となると、次のステップである「自分にできるかできないか」という判断がされます。これはもちろん技術的なことを指しているのではありません。最初から上手く滑れるとは思っていないでしょう。このときの「自分にできるかできないか」は金銭的なことや時間的なことによる判断となるでしょう。
そこで、道具も揃えられそうだし時間も取れそう、つまりは「できる」と判断されると最後の判断が行われます。スノーボードを「するかしないか」です。その最終判断で「する」と決めたら、あなたはきっと友人と共にスノーボードに挑戦してみるでしょう。最初の「したい」が実現したわけです。
ここで注目したいのが、ここ数話に渡ってテーマとなっている第二のステップである「できるかできないか」です。例えば「俺スノーボードできるよ」と言う人がいたとしたら、あなたはどんなイメージを持つでしょう。きっと、ゲレンデを自由自在に滑走することができるという意味で受け取るのではないでしょうか。
そこで、先ほどの例に戻ってみましょう。仮にあなたはスノーボードをしたことがないとします。技術的なことでいえば、何もできない状態です。あなた自身も最初から華麗にエアーを決めたり、ハーフバイプを自由自在に滑走できるなどとは思っていないでしょう。
けれど、あなたは「したい」「できる」「する」という判断を段階的に経て実現させました。なぜあなたは技術的には何もできないのに「できる」と判断したのでしょう。再三に渡って言っている通り、第二段階の「できるできない」という判断は本来必要のないものなのです。
しかしあえてここを深掘りしてみることにしましょう。能力的には何の技術も身に付いていないのですから、あなたはスノーボードを「できない」はずなのです。ところがあなたはスノーボードが「できる」と判断しています。この場合、能力的にできるかどうかは考慮されていないということです。
再度願望から実現に至る三つの判断の段階をおさらいしておきます。「したいかしたくないか」「できるかできないか」「するかしないか」。この三つの段階を「したい、できる、する」とクリアすれば願望実現です。繰り返しになりますが、このうち「できるかできないか」は、本来判断する必要がないし、正しく判断することは不可能です。
よって真ん中の「できるかできないか」の判断はバイパスできます。したがって「したいかしたくないか」と「するかしないか」を直結しても構わないのです。ところが、ほとんどの夢追い人が、本当はバイパスしても構わない「できるできない」の判断を重視しています。
「できるかできないか」を言い換えれば、叶うか叶わないかです。この部分に極めて慎重になるばかりに、第一段階の「したいかしたくないか」と第二段階の「できるかできないか」をグルグル回り続けてしまうです。そして「できる」という確信が持てたときに第三段階の「するかしないか」に移行するというプロセスを辿ります。
「できるできない」はバイパスしていい段階なのですが、叶うか叶わないかが死活問題となっている人にその言葉は届かないでしょう。ここで、無くてもいい「できるかできないか」の判断を深掘りしたのは、なぜバイパスしてもいいのかを知るためです。
スノーボードの例えに戻ります。あなたにはスノーボードで滑る技術はありません。なにしろスノーボードをしたことがないのです。能力的な観点でいえば、あなたは明らかにスノーボードが「できない」のです。ではどういう観点で「できる」と答えたのでしょう。
あなたは時間やお金といった条件はクリアできるという部分に着目して「できる」と判断しました。能力的なことは度外視して「できる」と判断したわけです。この場合「できる」の根拠は能力的なことではなく、時間とお金だったということになります。
逆にいうと、それが「できる」と判断するための条件になっていたということです。「できるできない」は、あなたの中で何か根拠があれば「できる」と認識されます。根拠とは、あなたが「できる」条件だと思っているものが満たされているかどうかです。
このスノーボードの例で言えば、技術は条件ではなく、お金と時間が条件であったことがわかります。この条件というのが厄介で、したいことが浮かんだときに「したい」を選択すると、その都度条件が提示されます。「それをするためにはこういうものが必要だ」と考えるわけです。
したいことそれぞれにその都度バラバラな条件が付されるので一貫性がありません。更に厄介なのは、その条件を満たしても「できる」にならない場合があるということです。できる条件が満たされたということは、本来ならできないとおかしいわけですが、それでも実現に至らないことは多々あります。「今度こそ上手くいくと思ったのにどうして?」。そしてまた次の条件を見つけようとします。
さて、「できる条件」の正体を既に語ったことに気付いたでしょうか。先ほどの一連の文章をよく読むとわかるのですが、「それをするためにはこういうものが必要だと考えるわけです」という部分、そして最後の「そしてまた次の条件を見つけようとします」という部分です。
わかったでしょうか。条件というのは「それを満たさなければならないもの」ではありません。自分で考え、自分で見つけ出しているのです。それが何を意味するかというと、条件というのは「自分がそう思っているだけ」であるということなのです。
裁判において、事件の内容によって法律に書いてあること変わるでしょうか。トランプにおいてポーカーのルールはその都度変わるでしょうか。ルールとはそういうことです。一貫性のないルールはルールではありません。したがってコロコロと変化するような条件は、あってないようなものなのです。少々乱暴に言えば、どうでもいい条件なのです。
「できるできない」の判断の根拠となる条件は信じなくて構いません。むしろその条件を疑ってみることです。本当にその条件が満たされたら「できる」のか、逆に本当にその条件を満たさなければ「できない」のか。その条件は本当に正しいのか、そもそも誰が決めたものなのか、条件が満たされれば実現すると言い切れるのか、条件が満たさなければ実現されないと言い切れるのかです。
人生とは結局、この世を去るまでの暇潰しです。何をして暇を潰しても構いません。その人が良いと思った暇潰しでいいのです。絶え間ない思考の波が暇潰しのヒントを与えてくれます。「次はこれで楽しんだらどう?」というわけです。
あなたの琴線に触れるものもあれば、全く興味を示さないものもあるでしょう。どんなに世界的に人気のある趣味やスポーツでも、あなたが興味がないなら無理にする必要はありません。趣味というのはそもそもそういうものです。
見るもの、聞くもの、思い浮かんだもの。あなたには暇潰しのヒントが絶えず送られてきます。そしてあなたは何かに興味を持ちます。「これがしたい」。それが願望の種です。既に語った通り、願望が実現していく段階には三つの判断があります。「したいかしたくないか」「できるかできないか」「するかしないか」。
このうち、真ん中の「できるかできないか」はバイパスできることも既に語りました。本来の願望実現は「したいかしたくないか」「するかしないか」の二段階なのです。この二段階の組み合わせを考えると選択肢は四つしかありません。「したいからする」「したいけどしない」「したくないけどする」「したくないからしない」。実にシンプルな仕組みなのです。
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