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コロナ・ファシズム下の自粛警察を振り返ってみよう

有名人の受難

コロナ・ウイルスの感染者数が減り始め、日常も少しずつ戻りつつある今日この頃、この2カ月あまりを振り返ってみると、自粛を破った多くの芸能人がメディアで叩かれてきた。なかでも私が最も気の毒に思うのは、バイリンガールちかさんの炎上だった。

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バイリンガールちか」こと吉田ちかさんは、アメリカ育ちの英語力を生かして世界中を周る動画を配信している人気のユーチューバー。独身の頃は英会話レッスンやひとり旅の動画、海外ショッピング動画などで人気を得て、やがてご自身の結婚も、プロポーズから結婚式まで配信された。そしてお嬢さんが誕生してからは、ご家族3人でなんと、世界中を3か月ごとに国を変えて住むという企画をされている。ご自身を「ノマド・ファミリー」と呼ばれているように、ちかさんと旦那さま、そしてよちよち歩きのお嬢さんを連れて、オーストラリアやマレーシアなど、現地のスーパーで買い物をされたり、ご家族でレストランでご飯を食べたりする動画で人気を博していた。

コロナが来るまでは、彼女の人気は不動のものだと思っていた。なぜなら彼女はグローバル化時代を象徴するような存在だからだ。アメリカ育ちの日本人で英語がネイティブ。職業がユーチューバーで、動画の内容は世界旅行。旦那さまもユーチューブ・プロジューサー。そして今はご家族3人でノマド生活。驚くことに、世界には「permanent traveller(永遠の旅行者)」というヴィザがあるそうで、ちかさんご一家はそれを使って3か月ごとに住む国を変えてきた。世界には短期滞在者のためのマンションがたくさんあって、そこは到着してすぐに生活が始められるようにと、ファミリー用の大きなベッド、アイランドキッチン、デザイナーの手によるお洒落な家具に最新家電、そして食器までそろっている。マンションの部屋のドアを開ける時のちかさんの動画は、私をいつもドキドキさせた。世界にはこんなに多くの富裕層のための暮らしが用意されているんだなと、日本と世界のギャップに驚かされたものだ。

そう、吉田ちかさんは世界が小さくなり、移動も移住も気軽になった今の時代をまさにリアルタイムで実践するユーチューバーだった。

そんな彼女の動画がコロナで一変した。各国がそろそろロックダウンを始めようとする頃、マレーシアにいたちかさんご家族は、日本へ帰国することに決めた。お子さんがまだとても小さいので、コロナに罹った時の懸念から、空港が閉鎖される前にと急いで日本に帰国したのだった。

これが炎上の引き金になった。

視聴者やファンから一斉に、非難の嵐。「日本に帰ってくるな!」「今この時期に飛行機に乗って海外から帰国するなんて非常識だ」「他人に感染させたらどうする?」「コロナが収まるまでマレーシアにいろよ」「帰国するなんて自分勝手だ」

怒りの炎が鎮火する気配がないので、ちかさんはご夫婦そろって謝罪動画を配信した。空港がそろそろ閉鎖されようとするこの時期に、滑り込むようにして日本に帰国することへの謝罪と、その決断への理解を求める内容だった。それが鎮火どころかさらなる炎を燃え上がらせたのだ。

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旦那さまは動画上では常に顔を隠しているので、この謝罪動画でも猿のお面をつけて登場した。すると「謝罪するのに猿のお面なんて不謹慎だ」という声がすぐさま上がった。そして旦那さまが「感染への配慮はちゃんとします。成田に着いたらPCR検査を受けることになっています。それから二週間は、空港の近くのホテルで待機することになっています」と説明した言葉が、驚くことに視聴者からの強い反発をかった。「PCR検査を受けることになっていますなんて、まるで他人事みたいな言い方だ」「PRC検査を受けたくても受けられない人もいるのに、有名人の夫婦だから優遇されている」「ちかさんの家族に検査を受けさせることで、看護師の手を煩わせるな」などなど……

ちかさんは動画だけでなく文章による謝罪と釈明も発信したが、帰国の決断を擁護する人よりも、非難する人の言葉が強く、インスタグラムは強烈な批判の言葉で溢れかえった。彼女の動画の登録者数が一気に3万人も減った。もはや鎮火は不可能と見做したのか、「バイリンガールちか動画」はそれ以来、更新が止まったままだ。

以上が「バイリンガールちか」の炎上の簡単な経緯である。

みんな今も怒っている?

あの炎上に参加した人たちは今、どう思っているのだろうか? あの時ちかさんご夫妻をさんざん叩いた人たちは、あの時自分の投げた言葉は正しかったと今も思っているのか? それとも、少々騒ぎ過ぎたと思っているのだろうか?

結局、ちかさんご家族はマレーシアから帰国して、PCR検査で問題はなく、空港近くのホテルに2週間滞在してから帰宅した。当時多くの帰国者が経たプロセスを彼女の家族も通過した。今になって振り返れば、それだけのことだったのだ。

それだけのことが、当時は大騒ぎになった。帰国するという彼女の行為が、日本に感染者を増やすかもという危険性に多くのファンたちが怯え、言葉の石を投げつけながら、動画登録を解除していった。でも結局、彼女の一家は誰にもコロナを感染させるような事態にはならなかった。あの頃、烈火のごとく怒っていた3万人の元ファンたちは、今も変わらず彼女を許せないままなのだろうか?

グローバル時代の危うさ

今回、ちかさんの炎上は、私をとても驚かせ、同時に様々なことを考えさせてくれた。国境などまるでないかのように、自由に世界中を飛び回ってきた彼女が、いざとなると日本に帰るという決断を下したことに、私はまず驚いた。そして彼女のアメリカにいるご両親まで今回のコロナで帰国したことは、私をさらに驚かせた。ちかさんのご両親はワシントン州に30年も暮らしてこられたそうだから、もはや日系アメリカ人と変わらないと、私は想像していた。それが医療崩壊が報じられると、アメリカではなく日本を選んだのかと思うと、いったい国籍とは祖国とはどういった意味を持つのだろうかと改めて考えさせられた。

日本人でも30年もアメリカに暮らしていたら、生活のベースが向こうにあるわけだから、日本の健康保険は所有していないはずだ。そうなると日本の病院にかかったら全額自腹での支払いになる。それでもいざコロナに罹った時の対策として、日本の病院を選択できるというのは、おそらくかなり経済的に裕福な状況にある人なのだろうと思う。アメリカに暮らす日本人がみんなちかさんのご両親と同じ選択ができるわけではない。アメリカの医療費が高いといえども、日本への飛行機代や日本の病院での自腹支払いを合計すると、結局アメリカの病院にかかるよりも高くつく。アメリカで自宅に籠りきりになり、コロナが終息するまでじっと耐えるしかない日本人がいる一方で、国境を越えた医療の選択ができる人は経済力のある人に限られる。

皮肉なことに結局、グローバル化時代は個々の経済力が物を言う時代なのだ。身も蓋もない言い方をすれば、今の世界を楽しめるか否かはカネ次第。その観点から見ると、「バイリンガールちか」は、経済力と知性と健康と若さを兼ね備えた女性、まるで良い物を独り占めしているような女性が、世界を紹介して周る動画だった。ちかさんは多くの人が真似したくてもできない、憧れの存在だったのだ。

そんな憧れがコロナで嫉妬に変貌した。彼女の家族が浴びせられた「自己中だ」や「非常識だ」といった言葉は、コロナを隠れ蓑に今までファンたちが密かに抱いていた憧れの裏返しの感情が表出したように思う。これまで「カッコいい」と喜ばれてきた、飛行機に飛び乗って世界を周る「自由さ」は「自己中」に、3か月ごとに家族で国を変えて住む「大胆さ」は「非常識」へと表現を変えていった。コロナ・パンデミックという見えない恐怖が炙り出したのは、ファンたちの隠れていた暗い感情だった。

もちろん私はコロナ・ウイルスを軽視しているわけではない。30万人もの人々が世界で短期間に命を落としている大変深刻な病気である。コロナごときで騒ぎすぎるなと言っているわけでは決してない。ただ、あの時のちか動画への苛烈なまでの炎上は、私の目には過激なものに映った。ちかさんは帰国することを動画で泣きながら謝罪したが、それを「わざとらしい」と批判された。「私のチャンネル登録を解除してくれてもかまいません」と彼女は言い、その言葉は「反省してない、居直り」だと激しく非難されたが、あれは彼女なりの「譲歩」だったとは考えられないだろうか?

人気ユーチューバーがコロナ時代にシフトするには?

誰からも嫉妬をかわずに生きるのは難しい。特にちかさんのようなユーチューバーにとって、嫉妬と憧れは表裏一体だ。「バイリンガールちか」は世界中のレストランをめぐって美味しい物を食べ、可愛いお店でショッピングをして、景色の素晴らしい場所を旅することで世界中の視聴者を繋げてきた。皮肉なことに、コロナ・ウイルスもちかさんに負けじと、世界中を自由に旅している。これほど急速に感染拡大したのは世界が小さくなった証拠なのだ。

「バイリンガールちか」がコロナ時代を生き抜くには、おそらく何か新しい展開が求められてくると思う。「食べる、買う、旅する」にプラスした何かもっと広く世界の平和に貢献するようなアイデアを提示するとか、世界の困っている地域でボランティアをしている団体を紹介するとか、彼女の持っている恵まれた部分を生かして、もっと広い視野にもとづいた社会性を持つことで、コロナ時代の新たなファンを魅了できると期待している。

自粛警察に負けないで、これからも動画をアップし続けてほしい。

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