美しくない芸術大学

京都の芸大同士が裁判で争っている。

私学の京都造形大学が名称を「京都芸術大学」に変更することに決め、これに京都市立芸術大学が「まぎらわしい」というもっともな理由で反対している、というわけである。

市立芸大は、世間的には京都芸大とされているわけで、この件、はたから見ると市立芸大の主張に分があると見られる。市立芸大の長である京都市長も造形大に対して再考を促してきた。

しかし、裁判中でもある2020年4月1日より、名称変更は実施されている。

造形大の事の進め方は、万事京都っぽくない。雅さもない。かといってもわびもさびもない。なりふり構わない感じ。この件で推察されるのは、造形大は経営的に厳しいのではないか、ということである。学生集めのために、東の東京芸大、西の京都芸大、として認知度を上げたいのではなかろうか。芸大を受験する生徒や保護者に受けが良さそうな小山薫堂を副学長に据えたのも、受験生集めの広告塔のように感じる。

造形大には芸術大学を名乗るだけの気概を持ってほしいし、その役割を担えなくなったときは、潔く市場から撤退したらよろしいのではないか。今のなりふり構わない存続策を見ていると、芸術の発展のためではなく、組織の存続が目的化しているように見えてしまう。

以上は私の推察であるし、実態は全然違ってめっちゃお金あるのかもしれないけれど、これだけは言わせてもらいます。

今回の名称騒動、全然美しくないです。芸術を一切感じません。芸術の教育機関として、恥ずかしくないですかね。